西加奈子『くもをさがす』が教えてくれる、自分と向き合うことの大切さ「この身体も、この恐怖も、たった一人の私だけのものだから」

西加奈子『くもをさがす』インタビュー

自分の身体をどう思うかはその人自身に委ねるべき


――「あなたの体のボスは、あなたやねんから」と言われる場面がありますが、自分の身体を守るのは自分だけ、だから自分で調べて行動しなくてはいけない、というカナダの社会に浸透した自己責任論も、読んでいて響きました。

西:子どもの頃、日本で入院したときは対応が本当に手厚くて、病院に行けば誰かが全部なんとかしてくれるって私も思っていたんです。でも、それは当然ではないですよね。世界で一番私に生きていてほしいと思っているのは、私じゃないですか。お医者さんが私を生かしたいと思ってくれている100倍以上の気持ちで、私自身が生きていたいと願っている。それなら自分で自分の命を大切にすべきだし、どう生きたいかを考えなくてはならないのだということは、大きな学びでした。

 カナダには、日本のような完璧な人間ドックがないはずです。検診はあるけど、お知らせがくるわけではないし、健康を維持するのは自分の役目。身体の状態は常に自分で把握しておくのがデフォルトなんです。だから病院には、本当に必要なときしか行きません。というより、行けないって感じでした。

――日本とは、そもそもの感覚が違いますね。

西:印象深いのが、術後のリハビリについて、看護師さんに「ちょっと汗をかくくらいの運動をしてね」と言われたときのこと。その場にいる誰も「それってどういう運動ですか?」とは聞かなかったんですよ。たとえば適切なウォーキングとはどういう速度で、どれくらいの時間歩くもの、みたいな定義があるとしても、そんなのは人によって違うのだから、定義しても意味がないんです。ちょっと汗をかくくらい、というのがどの程度なのかは、日頃から運動して自分の身体の状態を把握している人間ならばすぐに想像がつく。自分の身体と話し合うということを、私たちはもっと大切にしなくてはならないんだと、改めて感じました。


――身体面だけでなく、メンタルにおいても、自己責任の意識は強いのでしょうか。

西:自分で決める、というスタンスは小さな子どもの頃から徹底していると思います。たとえば、うちの子がキンダー(幼稚園)に通い始めてから、急にお弁当を食べなくなったんです。どうしたんやろ、と思っていたら、食事の時間は40分と決められているものの、その間、何をしていてもいいらしいんですね。子どもは食べるより遊びたいから、時間が足りなくて残していた。

 でもそれは、子どもが自分で決めたことだから、先生は怒らない。「遊びたいんやったら遊べばええよ、そのかわりあとでお腹空くで」ってくらいなんです。給食を食べ終わるまで席を立てなかった世代の私からしてみたら結構な驚きですが、カナダの人たちは、小さい頃からあらゆることを自分で決定して暮らしているんだなと思いました。

――そうした風潮のカナダで治療をしていたことも、西さんが「それが私やから」と思えるようになった一因なんですね。

西:私は日本でがんになったことがないから(笑)、日本の治療がどんなふうなのかわかりませんし、「日本の看護師さんにとても良くしてもらった経験があるから共感した」という読者の方からお手紙をたくさんいただくので、どちらが良い/悪いではないと思います。日本なら、カナダみたいに、そもそも病院の予約が取れなくて受診できない、みたいな状況もなかったでしょうし、今現在、日本の病院にお世話になっていて、日本最高! って思うことは何度もあります(笑)。

 ただ、私はバンクーバーで、自分が自分であることを祝福し、自己判断で責任をもって生きている人たちをたくさん見てきた、という経験が、とても支えになりました。

――今作で西さんは、乳がん治療に関連して女性の身体についても語られています。〈自分を幸せにするためのファッションに「やってはいけないこと」があるのはどうしてだろう〉と、日本では他者からどう見られるかが重視されていることに、疑問を呈する文章もありました。

西:乳がんになる前から、しんどいなあとは思っていたんです。四十数年この身体で生きてきて、他の誰かじゃない、たった一人の自分として生きるというだけのことが、どうしてこんなにも難しく感じられるのだろう。なぜ外側から向けられた矢印を気にしなくてはならないのだろう、という違和感が、バンクーバーに越して、そして治療を経て、さらに大きくなっていきました。

 若い頃と違って、世間の流行にピントを合わせて乗っかるだけの体力もない。自分の好きなことを貫こうとしたとき、誰も何も言わずに放っておいてくれる環境が私にとってはとてもありがたいですし、誰もがそうあれたらいいのになと思います。

――おっしゃる通り、それだけのことがどうしてこんなにも難しいんだろう、と感じている方はたくさんいると思うので、本書の言葉はそういう読者にとっても力になると思います。

西:女性の身体に限らず、自分の身体は自分のものだというのは当たり前のことなのに、ついついみんな忘れてしまうんですよね。

 私はずっと、胸が小さいことをコンプレックスに思っていて、「胸が小さくて申し訳ない」と思っていた。今振り返ると、なんで? って感じですけれど、それはやっぱり私のせいだけではなかったとも思うんです。胸は大きい方がいいと言われがちだったり、〝ペチャパイ〟という言葉が浸透していたり、そうした外部からの矢印を内面化して、私は申し訳なさを培ってしまっていた。もちろん、私が見ても惚れ惚れするくらい美しい胸の持ち主はいて、美醜のすべてをとっぱらえというわけではない。

 でも、自分の身体をどう思うかはその人自身に委ねるべき、すべての主語は「I」であるべきだと、今は強く思います。繰り返しになりますが、たった一つの身体で、たった一度の人生なんだから、その是非を誰かに窺うようなことはあってはいけないな、と。

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