西加奈子『くもをさがす』が教えてくれる、自分と向き合うことの大切さ「この身体も、この恐怖も、たった一人の私だけのものだから」

西加奈子『くもをさがす』インタビュー

書くこと以上に、読むことにも救われた

――「私は私」という軸をもちながら、他者を無視するわけではない、というのも西さんの素敵なところだなと読んでいて思います。自分と他者をまるごとひっくるめて愛しているから、互いにジャッジし合わないといいますか……。

西:どうでしょうか。でも、芯はあるけど柔らかくいたい、というのはずっと思っているんです。硬くて太い芯は何かあったときに折れてしまうから、ふわふわ周りに影響されながら曲線的に成長するものでありたいな、と。

 自然界にあるものは、だいたいカーブを描いていますよね。直線は人間がつくったものだけではないでしょうか。たとえば、国を隔てる壁がそうです。私はいろんな方向に曲がって、誰かの大切にしているものにも触れて、理解しながら、しなやかに育っていきたいなと思っています。


――そのしなやかな強さは、読書を通じても得られているのだなと、今作を読んでいると感じます。さまざまな小説の引用が、随所に書かれていますね。

西:読むことにもまた、書くこと以上に救われました。自分も小説を書く立場だから、あまり大きなことは言えないと思っていたんですけど、小説から救われることはあると思うんです。

 治療中のしんどいときに、「この感じ、知ってるぞ。どこかで体験したことがあるような……あ、あの小説や!」みたいな瞬間がたくさんあって。これまで読んだ本に登場するたくさんの人が、私より先にがんになり、死にかけて、恐怖を感じてくれていた。私のかわりに本の中の人たちが全部体験してくれていたから、私はそれを心強くなぞることができたんです。

――これまで読んだ小説だけでなく、担当編集の坂上さんが送ってくれた本も読んでいたんですよね。

西:もともとカナダに越してから、定期的に本を送ってきてはくれていたんです。治療に関わらず、私が好きだろうと思って送られてくる本は、どれも本当にありがたかった。

 ただ、小説って基本的に、書く側よりも読む側の力の方が大きく作用すると思うんですよね。ときどき私の小説を読んだ方から、私の想像を超えた素晴らしい感想をいただくことがあるんですが、「それは私の小説に力があるのではなく、あなたにそう受け取る力があるからやで」と、いつも思っていて。小説は作者が全力で書いた一冊の本に過ぎないんです。

 私も、治療中は感性が剝き出しになっていたからか、新しく出会う本から次々と自分にとって必要な言葉を見い出すことができて、それがすべて血肉となり、生きる力となってくれました。得難い経験をしたなと思います。

――小説って、本当に出会うべきタイミングというのもありますよね。

西:ありますね。あと、私は普段マンガをほとんど読まないのですが、最終巻が出たタイミングで、坂上さんがよしながふみさんの『大奥』を全巻送ってくれて! それは、治療中にとてもありがたかったし、本当に素晴らしい作品で感動しました。今は、バンクーバーの友人の間を巡っています。〝ヨーコ・コレクション〟は、バンクーバーの日本人の友達に大好評なんですよ。光浦(靖子)さんも、喜んで読んでくださっている。


――作中では、音楽も引用されていますが、小説とまた効用は異なりますか?

西:小説って、自分が能動的に参加しないと吸収できないんですよね。そして、作者と二人っきりの濃密な空間を過ごすもの。誰かと一緒に読み始めたとしても、テンポは人によって異なるし、途中で自由に休憩を挟むこともできる。あとから感想は言い合えるけど、読んでいる時間は絶対に誰とも共有できないんですよね。

 この共有できなさというのが、私にとってはとても大事なんです。治療中に経験した本当に美しい瞬間はこの本にも書いていないし、誰とも分かち合いたくない。自分のものだけにしておきたいと思っているんです。

 一方、音楽は抗いがたく出会ってしまうもの。しんどいとき、不安定なときに、たとえばたまたま入ったカフェで不意に耳にした音楽に強烈に胸を掴まれて、救われてしまうことってあるじゃないですか。それはやっぱり、小説をはじめとする本にはない力だと思います。

――音楽は、一緒に聞く、共有するということもできますしね。

西:そうなんです。先日、椎名林檎さんのライブに行ったとき、何千人もの観客が同じ曲を同時に吸収していることの神々しさに圧倒されました。同じ音を聴いて、同じ音で泣く。それは、お祭りというか、神事に近いものがあるなと。

 言葉や思考を飛び越えて、なんだかわからないけれど泣いてしまう、みたいな経験も本では味わえない。音楽でしか救われない瞬間というのも、治療中は確かにありました。


――今回の作品を読むと、これまでの西さんの小説をまた読み返したくなりますし、これからどんな作品を新たに書かれるのか、楽しみでなりません。

西:手術は成功したけれど、今も〝術後〟がずっと続いている状態だし、いつ何があるかわからないという恐怖もあります。でも、思えば小説もすべてそうなのだ、と改めて思いました。本を閉じたあとも登場人物の人生は続いているんですよね。

 だから私も、今後は、物語を終えたあとまで登場人物に責任をもてるような書き方をしていきたい、と思っています。確実にペースは遅くなるだろうけれど、そこに生きる人たちの人生に責任をもてるような物語を書いていきたいです。

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