古谷実『シガテラ』は2023年も傑作たりえるのか? 凡庸な主人公の葛藤を描く意義

『シガテラ』2023年にドラマ化する意義

 2003年から2005年にかけて「週刊ヤングマガジン」にて連載された古谷実の傑作漫画『シガテラ』が、およそ20年の時を経てテレビ東京にて実写ドラマ化し、2023年4月8日より放送される。

 『シガテラ』はいじめられっ子の高校生・荻野優介の視点で描かれる青春物語。同じくいじめられっ子の高井貴男、いじめっ子の谷脇との暗い学生生活が描かれるとともに、荻野が親に内緒でバイクの免許を取りに行き、教習所で出会った一歳上の南雲ゆみと恋に落ちる模様も描かれる。悪意に満ちた世界と輝かしい青春の日々を、シニカルな展開と独特のユーモアで描ききった本作は、2000年代の空気感を的確に捉えた青年漫画として、各方面で高い評価を得た。

 『シガテラ』がいま改めて映像化される意義を、ドラマ評論家の成馬零一氏に聞いた。

 「古谷実は、1993年から1996年にかけて「週刊ヤングマガジン」にて連載したデビュー作『行け!稲中卓球部』が記録的な大ヒットとなり、当時の中高生から絶大な支持を得た漫画家です。その後、『稲中』に続くギャグ漫画として『僕といっしょ』(1997~1998年)、『グリーンヒル』(1999~2000年)を発表しました。この三作は、思春期から青年期にかけての“ダメ人間”が自意識をこじらせる様をギャグとして描いていて、先鋭的な笑いの表現となっていましたが、同時にバブル崩壊後の日本に蔓延していた閉塞感もあり、どこか暗い影も感じられる作風でした。

 その作風が大きく変わる転機となったのは、2001年から2002年にかけて連載された『ヒミズ』です。帯に「笑いの時代は終わりました…。これより、不道徳の時間を始めます。」と書かれていた通り、古谷作品の特徴だったギャグ要素がなくなり、それまでの作品でも描いてきた貧困、犯罪、ヤングケアラーの問題が前面に出た“暗黒青春漫画”となりました。

 『シガテラ』は、極限まで不幸を描いた『ヒミズ』の後に発表した作品で、かつてのギャグ漫画でも描いてきたラブコメ的な日常の中に、通り魔的に突然『ヒミズ』のような惨劇が紛れ込む構造となっていて、古谷実の世界観が存分に表現された作品となりました。日常に不幸があるという現実を漫画表現の中で定義した本作を、古谷実の最高傑作と見るファンは少なくないと思います」

  『シガテラ』を特異な青春漫画としているのは、凡庸な少年を主人公にした点にあると、成馬氏は続ける。

「よく比較される青春漫画として、同じく「週刊ヤングマガジン」で連載されていた安達哲の『さくらの唄』や望月峯太郎の『バタアシ金魚』などがありますが、これらの作品の主人公はダメ人間でありながら何かしらの才能があり、その才能によって青年期の課題を乗り越えていきます。しかし、『シガテラ』の荻野優介には特別な才能がなく、学校ではいじめられながらも、アルバイトをしてお金を貯めたり、バイクの免許を取ったりするといった地に足の付いた行動で少しずつ自信を身につけて、世の中と対峙できるようになっていく。漫画のキャラクターとして、凡庸な人間を魅力的に描くのは難しいことですが、古谷実は徹底してそれをやっています。荻野や高井の顔立ちやファッションもそうですが、彼女の南雲ゆみも街で見かけるちょっと可愛い子という感じでリアリティがある。一人の少年の成長物語としても、これほど堅実に描いたものはなかなかないでしょう」

 一方、時代性の高い作品だったからこそ、時を経て映像化することには難しさもあると、成馬氏は見ている。

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