【伊集院静さんが好きすぎて】気鋭の放送作家・澤井直人が語る “聖地巡礼旅” そこで思うこと
私生活のすべてが伊集院静「脳」になってしまったという放送作の澤井直人。彼がここまで伊集院静さんを愛すようになったのは、なぜなのか。伊集院静さんへの偏愛、日々の伊集院静的行動を今回もとことん綴るエッセイ。
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【独白】私生活のすべての思考は「伊集院静ならこの時どうする?」気鋭の放送作家・澤井直人がここまでハマった理由
【伊集院静さんが好きすぎて。】「伊集院静さんと“ゼロイチ”」
伊集院静さんの大ベストセラーエッセイ“大人の流儀”を読んでいると、贔屓にしているお店がいくつか登場する。紙上で読んでいるだけでは、気持ちが抑えられず、“聖地”に足を運んでみることにした。
今回向かったのは、“大人の流儀~別れる力~”に登場する池袋にある手打ちうどん『立山』さん。ここは、エッセイ中にも登場するが、伊集院さんの同級生のお店だ。
お店には、長嶋茂雄氏、堀内恒夫氏など蒼々たる球界の顔ぶれの写真が並ぶ。店内は奥に長い縦長構造で、厨房を囲む大きめのカウンターと4人がけテーブル席、奥にはお座敷みたいなのもある。
オーダーをとろうと店員さんを呼ぶが、店長さんの姿が見えない。「もしかして引退されたのかな……」少し肩を落とし、若い男性店員さんにオススメのメニューを聞いて、かけうどん&カツ丼セット(850円)を注文した。
「これは美味い」うどんのコシも、洗練された出汁も好み。セットでついてくるカツ丼もボリュームでお肉が柔らかい。
伊集院さんと店主のY山さんが出逢ったのは、立教大学の野球部のセレクションだった。ふたりは合格し、入学の前から埼玉の志木にある野球部の寮へ入学した。今の時代よりも厳しかった野球部の練習に必死で食らいついた。二年の夏、退部を決めた伊集院さんにY山さんだけは、親身になって残るように説得してくれたという。
その後、ジャイアンツに一位で指名を受けたY山さんは契約金の3分の2を家族に、3分の1は自分の飲み代にしたという。七年の現役生活でプロを去り、第二の故郷である池袋でここ、うどん屋「立山」をはじめたのだ。
しかし、お酒を多く飲む生活を続けた結果……肝臓の癌を患い、余命3カ月を医者から宣告された。
ある年の瀬に入院先から伊集院さんのところに連絡が入った。
「おお、おまえ、俺はもうダメらしい」
「何がだ?」
「死ぬらしい。やはり肝臓の癌がひどい。肝臓の中に百を超える癌巣がある。あと三か月だと医者に言われた」
「ただ助かる方法がひとつあるかもしれんのだ」
「それは何だ?」
「生体肝移植だ」
躊躇なく自分の肝臓を渡そうとした伊集院さんに対し「バカを言え。おまえみたいな酒飲みの肝臓だと、それこそ死期が早くなっちまう」
そのときふたりは自然と電話ごしで笑っていた。
人間とは奇妙なもので真剣、深刻な状況の真ん中にいると笑い出すことがあるという。