ホラー界の奇才・伊藤潤二はなぜ海外でも評価される? 卓越した画力で描く、美しさとおぞましさ
今年1月から、Netflixで伊藤潤二『マニアック』の配信がスタートした。伊藤潤二のホラー漫画をアニメ化した本シリーズのラインナップは、人気キャラクターの富江や双一が登場する作品に加え、「首吊り気球」「恐怖の重層」「いじめっ娘」などの傑作短編たち。伊藤潤二の生み出す恐怖の物語が全世界へ向けて放たれた。
伊藤潤二は元々海外でも高く評価されており、米国アイズナー賞では昨年4度目の受賞を果たし、今年1月にフランスで開催された第50回アングレーム国際漫画祭では特別栄誉賞を受賞した。台湾では大規模なファンイベントが開催されるほど、熱狂的なファンを多く抱えている。国境を越えて多くの人々を惹きつける伊藤作品の魅力とは一体何なのか。
真っ先に思い浮かぶのは、圧倒的な画力だ。楳図かずおに影響を受けたという伊藤潤二の絵は、恐ろしいほど緻密に描きこまれており、紙面を通して物語の中の異常な空気や臭気がこちらまで漂ってきそうな不気味さを感じる。中でも、ホラー漫画の醍醐味とも言える、ページを捲った瞬間に現れる恐怖絵のインパクトはすさまじく、思わず本を閉じたくなったことが何度もあった。
たとえば、「グリセリド」では、サラダ油を好んで飲む主人公の兄が、ニキビで覆われた自身の顔を両手でプレスし、毛穴から大量の脂を絞り出して妹の顔面にかけるという強烈なシーンが描かれている。この絵は、インターネット上で“検索してはいけない言葉”として語り草になっているほど、多くの読者にトラウマを植え付けた。「恐怖の重層」では、何重にも重なる皮膚でできた奇妙な身体を持つ美少女・麗実が、狂った母親に皮膚を剥ぎとられていくというおぞましい展開がある。剥がれた顔面と鮮血が散らばるベッドの上に笑顔で寝そべる麗実の姿は、今も脳裏に焼き付いて離れない。一枚の絵で一生のトラウマを植え付けるほどの画力があるからこそ、文化の異なる国の人々の心にも伊藤作品は強烈に響くのだろう。
卓越した画力が発揮されるのは、おぞましい絵だけではない。伊藤作品には、読者を魅了する美しいキャラクターが数多く登場する。「うずまき」の二大ヒロイン・五島桐絵と黒谷あざみや、「ミミの怪談(原作:木原浩勝、中山市朗)」の主人公の女子大生・ミミ、さらに「死びとの恋わずらい」の四つ辻の美少年など、性別を問わず多くの美しい人物が描かれてきた。中でも、「富江」は別格だろう。その美貌で男たちを虜にする高慢な魔性の女・富江は、少女のような前髪とセミロングへアに、猫のような長い睫毛と釣り目、泣きぼくろという、あどけなさと艶っぽさの両方をあわせ持っている。まるで少女漫画のヒロインのように可憐な富江も、伊藤潤二の手にかかれば、バラバラ死体にされたり化け物のような姿になったりと、容赦ない描写でおぞましい展開になっていくのだが、その美しさと残酷さの対比も伊藤作品の大きな魅力である。実際、デビュー作にして代表作となった「富江」は、1999年から現在まで9作品にわたって映画化されるなど絶大な人気を誇っており、物語の中だけでなく現実世界の人々をも魅了してきたのだ。
そして、伊藤潤二が“奇才”と呼ばれる理由は、奇々怪々な世界観と超展開するストーリーにある。たとえば「首吊り気球」は、人気アイドルの首吊り自殺をきっかけに、突如空中に人の顔の形をした巨大な気球が現れ、同じ顔の人間を絞首刑にしていくというストーリーだ。空には首吊り死体をぶら下げた気球がフワフワと浮かんでいて、まだ死体をぶら下げていない気球は同じ顔の人間を常時狙っている。しかも、気球を傷つけると同じ顔の人間にも同様の傷がついてしまうため、気球を壊すことができない。個人的には、この不条理でどこかシュールな世界観こそが、伊藤作品を一つ読んだら他の作品も読まずにはいられないという中毒性に繋がっていると考えている。