【漫画】瀧波ユカリ『わたしたちは無痛恋愛がしたい 』レビュー 果たして痛いだけの恋愛に意味はあったのか?」
筆者が幼いころに読んだ少女マンガには「傷をつかない恋なんて、ないのよ」と書かれていた。そのリリカルで感情がこもっている台詞はまだ少女ともいえない年頃の私の心に深く刻み込まれている。
それから25年くらいが過ぎ、まさか瀧波ユカリ『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』(講談社)を手に取ることになろうとは。
幼い頃の自分、思春期の自分、色んな過去の自分に教えてあげたい。そしてこう問いたい「痛いだけの恋愛に意味はあったのか?」と。 作者の瀧波ユカリは月刊「アフタヌーン」(講談社)で史上初の4コマ漫画で新人賞「四季大賞」を受賞。受賞した『臨死!!江古田ちゃん』(全8巻)で連載を同誌で始める。そのほかにも『あさはかな夢みし』(全3巻 講談社)や『モトカレマニア』(全6巻 講談社)などの作品を描いている。
快心の一作『わたしたちは無痛恋愛がしたい』が生まれるまで
筆者は瀧波ユカリのファンであることをまず書いておかなければならない。そして瀧波ユカリの過去作も『わたしたちは無痛恋愛がしたい』に至る過程も重要なので記していきたい。まずデビュー作の『臨死!!江古田ちゃん』は「有痛恋愛」をする主人公・全裸キャラの江古田ちゃんが主人公だ。江古田ちゃんは他に付き合っている女性がいると知りつつも、男性にのめりこんでいく。その姿を俯瞰した視線で描いている。4コマ漫画でいうところのオチのところで、江古田ちゃんは全裸のまま辛辣な心の声を吐き出して終わる。
多くの男性が好みそうな女性を「猛禽」と書き、煙草を吸いながら「鼻からエクトプラズムがでちゃった」など、言葉の使い方が絶妙だ。この言葉選びは『わたしたちは無痛恋愛がしたい』にも、エッセイなどにも生かされている。(育児エッセイ『はるまき日記』文藝春秋社)
『モトカレマニア』は元カレのことが忘れられなく、恋愛感情がこじれてしまい元カレのマニア化をしてしまった難波ユリカが主人公だ。『臨死!!江古田ちゃん』が陰ならば、ポップにギャグをしている『モトカレマニア』は陽な作品である。『臨死!!江古田ちゃん』はアニメ化され『モトカレマニア』はドラマ化もされた。
『臨死!!江古田ちゃん』と『モトカレマニア』を足して2で割り、作者としてさらなる成長を果たした瀧波ユカリの渾身の一作が『わたしたちは無痛恋愛がしたい』である。
自分の愚痴や思ったことを率直に書く「鍵垢女子」が主人公
『わたしたちは無痛恋愛がしたい』はSNSで自分の愚痴や思ったことを率直に書く「鍵垢女子」の星置(ほしおき)みなみが主人公。みなみは23歳で東京にひとり暮らしをしている会社員だ。みなみは恋愛で苦しい想いをしたくない、と思いつつほかに相手がいる恵比島千歳(えびじま ちとせ)と関係を続けている。千歳は見た目だけは綺麗だけれども性根が最悪だということで「星屑男子」と陰で呼んでいる。「しんどい恋愛なら、しなきゃいいのに」というのはみなみの「鍵垢」を知っている女友達の栗山由仁(くりやま ゆに)だ。
『わたしたちは無痛恋愛がしたい』の第1話は数合わせの合コンに呼ばれ、SNSで心情を吐露するみなみの描写からはじまる。そしてその後合コンを抜け出したみなみと由仁がお酒を飲みながら話しているところに千歳が入ってくる。由仁をないがしろにしてしまったこと、千歳が由仁に失礼な発言をしていることでみなみは翌朝罪悪感で俯いていた。そして他人とぶつかってしまい、起き上がれずにいると「大丈夫ですか?」と声をかけて、みなみがつかまりやすいように態勢をとった男性が現れる。月寒空知(つきさむ そらち)はまるで本から出てきたような「フェミニズムを理解している男性」で、みなみは心の中で「フェミおじさん」と呼んでいる。
この4人が主な登場人物で、主人公みなみに降りかかる災難やささやかな幸運を分け合う。
女性を誰一人として悪者にしない作品
『わたしたちは無痛恋愛がしたい』は多くの女性が持つアンビバレンツな欲望に寄り添い、女性を誰一人として悪者にしないところが安心して読める点だ。みなみが彼氏を優先しても、みなみは反省して由仁の食事のお勘定を持ったりする。完全に平等な友情はないが、お互いを思いやる気持ちも忘れない。そこに共感を寄せる女性読者も多いことだろう。
また『わたしたちは無痛恋愛がしたい』は男性にもオススメしたい。数は少ないが男性の心無い発言で女性がどれだけ傷ついていることがあるか、このマンガは教えてくれる。
瀧波ユカリは、ひとの気持ちを丁寧に描き、筆者を含む多くの女性たちの恋愛における問題解決を導く過程が丁寧に描かれている。それに、誰も取りこぼすことなく「わたしたち」が描かれている。そんな稀有なマンガが『わたしたちは無痛恋愛がしたい』なのだ。