立花もも 今月のおすすめ新刊小説 料理、バディものに幽霊譚まで厳選紹介

昨今発売された新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。料理、女性、男性同士のバディものに加えて夏の終わりにおすすめの幽霊譚まで。注目の作品を集めています。(編集部)

『出張料理みなづき 情熱のポモドーロ』十三 湊

十三 湊『出張料理みなづき 情熱のポモドーロ』(幻冬舎)

 〈プロの仕事、趣味の作品、毎日の家事。ちがうものなのに、なぜか料理に関してだけ、プロ並みを求めるのだ。それも、自らは料理をしない人が。〉この文章のくだりに、共感&スカッとする人は多いだろう。料理は、とくにいまだ女性には、できてあたりまえ、もしくはできないのはちょっとうしろめたいこと、という認識がある。でも、いくら料理が好きだって、仕事でくたくたになったあと、手をかけてなんていられない。会社勤めをしていなくても、毎日のこととなれば、気力が湧かない日があって当然だ。それなのにどうして、私たちはこんなにも自炊にこだわるのだろう。料理することを〝素敵なこと〟だと思うのだろう。その理由が本作を読んでちょっとわかった気がした。

 主人公の季実は、新卒で入った会社を二年でやめて、充電中の身。体育会系で、根性にも体力にも自信のあった彼女は、どうしても頑張れなくなってしまった自分に戸惑い、そして自己嫌悪の波にのまれていた。そんなとき、東京・本郷にある祖母宅に居候することとなり、出会ったのが下宿人の桃子さんだ。出張料理人として働く桃子さんの料理は、どんな食事も受け付けなかった季実の胃に優しくおさまり、彼女の仕事を手伝うことで、季実の心は少しずつ再生していく。桃子さんがリハビリのように与えてくれた料理の課題をこなした季実が、会社をやめて初めて自分を嫌いでない状態でいられたのは、〝久しぶりに生産的な行為をした〟からだ。料理をすれば、必ず達成感が訪れる。よほどの失敗をしなければ、できあがったものは自分、あるいは誰かの胃におさまり、栄養となる。何かができた、そして誰かの役に立ったという経験の積み重ねは、季実の自己肯定感をとりもどしていく。

 その描写が、とにかく優しくて、美しい。ただほっこりするだけでなく、生きるための糧として料理を描き、料理を介してまじわる人々を描くことで、読者の内側にも静かな力が蓄えられていく。〝何かができる〟ということは、自分を守るための武器を得るということだ。料理をしたい、しなきゃ、ではなく、自分のために何かをしよう、ほんの些細な事でもいいから。お湯を沸かしてお茶を淹れるだけでもいいから。そう思える小説だ。〈お金とちごうて、だれもあんたから奪えんのやで。知識と技術は、あんただけのもん〉というセリフも、沁みる。もっとこの世界観に触れていたいので、ぜひとも続刊希望である。

『ペーパー・リリイ』佐原ひかり

佐原ひかり『ペーパー・リリイ』(河出書房新社)

 それぞれに複雑な過去を背負う女性ふたりが、人生のほんのひととき大事な時間をともにすることで再起していく。という意味では今作も『出張料理みなづき』に通じるところがあるかもしれないが、読み心地はまるでちがう。なにせ、主人公の杏は、結婚詐欺師に育てられた17歳の女子高生。バディとなるキヨエは、杏を育てた京ちゃんに騙された38歳の被害者。家に押し掛けてきたキヨエを見て、事情を悟った杏は、京ちゃんが奪った300万円に上乗せして500万円を紙袋につっこみ、ふたりで逃避行の旅に出る。めざすは、かつてキヨエが京ちゃんと約束したという幻の百合だ。

 いや、なんで杏まで一緒に逃げる必要が? という疑問は、読み進めていくうちに少しずつ解消される。杏が常識なんてものともしない、型破りな女の子というのもあるけれど、彼女なりに筋を通そうとした結果なのだ。京ちゃんが女性たちから奪ったお金で、自分は生きてきた。しかも京ちゃんは父親でなく、叔父。杏がいなければ、自分一人を食わせるためなら、京ちゃんはもう少しまっとうに働いていたかもしれない。普通ではない身の上で、自由には天候に生きながら、杏は、何かの形で〝返さなきゃいけない〟と思っている。どういうふうに生きれば、自分はバランスをとれるのかと考えている。キヨエとの出会いは、杏にとって〝返す〟チャンスなのだ。けれど被害者であるキヨエは全然、煮え切らない。若くて美しい杏と自分を比較して自虐的になるし、過剰なババアムーブはうっとうしいし、見ず知らずの人に勝手にけなげな幻想を押し付けたかと思えば、髪の色が派手だというだけで偏見をまるだしにしたりする。同い年なら、いや、同い年ならいっそう仲良くなれるはずのない、正反対の二人。だが、道中、さまざまな人に出会い、裏切られ、窮地に立たされながらも二人は離れることなく、旅路を駆け抜ける。その破滅的な疾走感が、たまらなく心地がいい。ラスト、二人に本当の別れが訪れるまで、それはたゆむことなく続いていく。

 奪うとか、返すとか、バランスとか。そんなものは考えなくていいのだ。いや、考えたっていいけれど、縛られる必要なんてない。突き進め、行きつくところまで。この世界の、外側まで。そんなふうに拳をふるいあげたくなる、爽快感に満ちた一作だ。

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