立花もも 今月のおすすめ新刊小説 料理、バディものに幽霊譚まで厳選紹介

『薬喰』 清水朔

清水朔『薬喰』(KADOKAWA)

 同じバディものでも、こちらは男性同士。そしてややホラーみのある、ミステリー。神隠し伝説を調べるため、ジビエで町おこしをしているU県北篠市二桃地区を訪れた作家の籠目周(かごめ・あまね)。神社の山を散策している途中、顔から腹まで血まみれの男に遭遇。さらにその近くには、人間の手が! それは、実際に神隠しにあっていた子どものものだった。期せずして事件に巻き込まれてしまった周は、神社の息子であり、“人肉と恐竜以外の肉はすべて食べた男”として地元では有名な祝秋成(いわい・あきなり)とともに、事件の謎と神隠し伝説の裏に隠されたものを追うことになる……。

情報量が、多い! でも仕方がない。なにせ本作、1ページ1ページの密度がもんのすごく濃いのだ。一行でも読み飛ばせば真実にたどり着けないんじゃないかと思うほど、情報がてんこもり。構成も緻密。でもじゃあ、難しくて読みにくいのか? というと、そんなことはまるでないのが、すごい。それはひとえに、祝というふざけた男のキャラクター造形、そしてそんな彼にふりまわされっぱなしな籠目とのバディ感が魅力的であるがゆえ。

 ジビエをはじめとする〝食〟に関するさまざまな蘊蓄も、祝の軽妙な語り口にのせられるといっそう興味深く、前のめりで読んでしまう。〈料理と食べ物に関する知識を覚えることは、自分の身体を長く保たせる免許を取得することと同義だと思ったほうがいいぞ〉なんてセリフにも、なるほどなあ、とわが身をふりかえりふんふんとうなずいてしまうのだが、気を付けていただきたいのが、なんてことなさそうなセリフも、すべてのちのちの展開に繋がっていくということ。ただ楽しく読んでいたものが、あれもこれも伏線だったと気づいたときのやられた感、そして爽快感ときたら! 何を言ってもネタバレになるのでこれ以上は伏せるが、とにかくおもしろいし学びも多いのでぜひ読んでほしい。そしてどうか、こちらもシリーズ化を。

『アナベル・リイ』小池真理子

小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA)

 こちらは夏の終わりに読むにふさわしい、しっとりとした幽霊譚。

 物語は、還暦を過ぎた悦子という女性の手記という体裁で語られる。彼女には今なお忘れられない、誰にも話せずにいる恐怖があった。事の発端は1978年、悦子が26歳だったころのこと。勤めていたデザイン事務所をやめざるをえなくなった彼女は、「とみなが」というバーで働きながら細々とイラストの仕事をしていた。自称文化人たちの集うそのバーで出会ったのが、ライターの飯沼という常連の色男と、彼が連れてきた千佳代という劇団女優だ。これまで特定の女性に入れ込むことのなかった飯沼だが、千佳代は様子が違っていた。突然、看板女優が病に倒れ、日の目を浴びることになった彼女は、飯沼の心を射止めたばかりでなく、悦子の懐にもするりとすべりこんで「たった一人の友達」と懐いた。その関係は千佳代が飯沼と結婚したあとも続くはずだったのだが……。

 突然の病で亡くなった千佳代は、やがて、悦子やバーのママの前に亡霊としてあらわれ、おそろしげな怪異が次々と起きていく。だが、千佳代に彼女たちを恨む理由など、ない。たしかに突然の病死は気の毒なことだが、彼女は飯沼に一心に愛され、幸せだったはず。しかしよく考えてみれば、千佳代には生前から、ただならぬ気配があったような気がする。そもそも飯沼と出会った経緯だって……。

 どれもこれも、気のせいと言われればそれまで。理知的で合理的な悦子も、頭から亡霊を信じているわけではなく、淡々と、事象を分析しようとつとめてはいるのだ。でもだからこそ、理屈でわりきれないものが浮かび上がってきたとき、ぞっとする。

 とにかく文章の美しさにも圧倒されるので「怖いものはちょっと…」「幽霊とか信じてないし…」と言う人も、躊躇しないで、とにかくページをめくってみてほしい。確かに、怖い。ひたひたと、忍び寄るような、恐怖が読んでいると常につきまとい、自分もからめとられてしまうのではないかと不安になる〝何か〟がある。でも、なぜか、同時に、抜け出したくないとも思う。この美文の渦にのまれて、いつまでもたゆたっていたい、と願ってしまうのだ。

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