『んぐまーま』『ピッツァぼうや』『ゴムあたまポンたろう』……菊池良が絵本から学んだこととは?
古今東西の絵本からイノベーションの発想を学ぶ書籍『えほん思考』(晶文社)が刊行された。著者は『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』などのベストセラー著作を記した作家・菊池良氏。これまでになんと約2500冊もの絵本を読んだという氏が、名作絵本を厳選して紹介している。絵本からは一体どんなことが学べるのだろう? 菊池氏に話を聞いた。(篠原諄也)
約2500冊の絵本を読んで見えてきたもの
ーー斬新な発想の本がたくさん紹介されていました。例えば『んぐまーま』などは絵も文も自由で驚きました。
菊池:『んぐまーま』はすごくいいですね。谷川俊太郎さんの擬音みたいな言葉と、大竹伸朗さんのシュールな絵が合わさっています。これはいろんな受け取り方ができると思います。よく見ると生き物らしきものが描かれているので、その言葉は生き物の鳴き声だと取ることもできるでしょう。あるいはその世界で鳴っている音なのかもしれませんし、全く意味のない言葉なのかもしれません。
ーーこうした絵本からはイノベーションの発想法が学べるそうですね。
菊池:この絵本からは「機能をあえて削ぎ落とす」こと。擬音のような言葉が続いているのは、言葉の「意味」という機能を削ぎ落とし、「音」だけを残しているんですね。そのことによってインパクトのある絵本に仕上がっています。
ここではウォークマンの事例を紹介しました。当時、音楽の再生機というとスピーカー機能と録音機能が必要だと考えられていました。しかしウォークマンはどちらも外して、再生機能だけに絞り込んだんです。しかもイヤホンで聞くだけにしました。それによって、コンパクトで持ち運びが楽になった。それですごく売れることになりました。当たり前だと思われている機能を取り払うことが、イノベーションに繋がるということですね。
ーーそもそも、なぜ菊池さんは絵本を読むようになったんですか?
菊池:以前『芥川賞ぜんぶ読む』という本を出して、芥川賞受賞作を第1回(1935年)から当時の2018年の下半期まで、全部読むということをしたんです。刊行後にインタビューなどで「次は直木賞ですか? ノーベル文学賞ですか?」と聞かれたんですけど、すぐにはできないなと思いました(笑)。
でも何か読みたいなという思いはあったんです。そこで「そういえば絵本ってそんなに読んでないな」と思いました。子どもの頃には読みましたが、家にあったのはたぶん10冊ほどでした。絵本をたくさん読んだら、何か面白いことがわかるんじゃないかと思いまして。それで年間1000冊というノルマを作ったんです。
ーー1000冊とはすごい数ですよね。
菊池:とりあえず1000冊にしようと思いまして。あまり先入観を持って偏りたくなかったので、いろんな図書館やカフェなどでとにかく目についた絵本を片っ端から読んでいました。
最初の年が1000冊、次の年も1000冊、それから2年で500冊ほどを読んで、合計で2500冊ほど読みました。ただ、それぐらい読んでも、まだ読めてないなという感じです。
ーーもう専門家と言えるレベルですよね。それだけ読んで、何が見えてきましたか?
菊池:絵本の発想の自由さと幅広さに驚きました。まず、絵本でしか成立しないような企画が多いんです。いきなり始まって、よくわからないことが起きて、いきなり終わるみたいな。オチもないし、説明もないし、理由もない。それでも成立してる不思議さと自由さがある。読んでいるうちに楽しくなって、どんどん読むようになりました。
ーー絵本はあまりルールに縛られていない気がします。
菊池:絵だけしかなかったり、文字だけしかなかったり。写真もあるし、コラージュもあったりして。その表現方法も様々ですごく面白いですね。ジャンルもフィクションもあれば、歴史や伝記もありますし、他にも図鑑や職業紹介、経済など、本当になんでもあるんです。
ーー当初、絵本にハマったきっかけとなった作品はありますか?
菊池:きっかけになったのは『ピッツァぼうや』です。すごくシンプルな話で、雨が降って退屈している子どもを見て、親がピッツァごっこをやろうと言うんですね。普通ならピッツァのお店屋さんごっこかなと思いますよね。でもこの絵本では子どもをテーブルに寝かせて、チーズをかけたりこねたりするんですよ。つまり、子どもをピッツァに見立てて遊ぶんです。こんなのありなんだと思って。しかも最後は雨が止んだからと外に出ていくシーンで終わります。オチがつくわけでもないんですよね。これは漫画やお笑いコントだったら成立しないなと。それがなぜか絵本だと成立している。すごくインパクトがありました。ーーこの絵本からはどのようなことを学べますか?
菊池:人にロールプレイングさせることで発想が生まれるということです。「ごっこあそび」は普遍的な遊びで、根源的な楽しさがある。人はそれをついやってみたくなるんです。例えば何かの企画で、誰かに役割を与えて、それを演じさせることで、楽しみや面白味を呼び出すことができると思います。