芥川賞、直木賞受賞作に凪良ゆうの新作登場……立花もも解説! 8月の文芸書週間ベストセラー

立花もも解説! 8月の文芸書週間ベストセラー

 文芸書の週間ベストセラーランキングの中から注目作品を立花ももが解説。8月はどんな作品が登場するのか。早速行ってみましょう!

 8月期【単行本 文芸書ランキング】 (8月11日トーハン調べ)

1位 丸山くがね『オーバーロード16 半森妖精の神人 [下]』(KADOKAWA) 
2位 高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社) 
3位 窪美澄『夜に星を放つ』(文藝春秋) 
4位 又吉直樹 ヨシタケシンスケ『その本は』 (ポプラ社)
5位 宮部みゆき『よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続』(KADOKAWA) 
6位 結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮社) 
7位 凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社) 
8位 住野よる『腹を割ったら血が出るだけさ』(双葉社) 
9位 丸山くがね『オーバーロード15 半森妖精の神人 [上]』(KADOKAWA) 
10位 畠中恵『こいごころ』(新潮社)

 8月第二週の週間ベストセラー、累計1100万部突破の人気シリーズ『オーバーロード』二年ぶりの新作に1位の座は譲ったものの、2位に芥川賞、3位に直木賞の受賞作がランクイン。

高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社) 

 芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』は、タイトルだけ見ればほっこり系ごはん小説のような印象を受けるが、主人公の二谷という青年はとにかく〝おいしいごはん〟に興味がない。〝誰かと一緒にごはんを楽しむ〟という行為に至っては、憎しみに近い感情を抱き、ひそかにつきあっている同僚の芦川さんがふるまう手料理すら、煩わしい。さらに、一緒に働くうえで尊敬するところが一つも見つけられない彼女の、ふだんのふるまいにも苛立ちを覚えている。それなのになぜつきあっているかといえば、いわゆる家庭的な女性である芦川さんと一緒になることは、二谷にとって〝正しい〟選択だから。特別に〝好き〟じゃなくても、なお、芦川さんが〝かわいい〟からだ。

 芦川さんは〝かわいい〟を免罪符に、いつもすべてを許されている。どんなに仕事ができなくても、体調不良でしょっちゅう休んでいても、芦川さんはそういう人なのだから仕方がないと、職場のみんなに守られる。その割を食っているのが、隣の席で働く押尾さん。もう一人の主人公だ。どんな状況でも「できない」と言えない彼女は常に強く、凛々しく、そしておそらくは、かわいげも少ないために、配慮してもらえる機会がほとんどない。何があっても頑張らざるを得ない彼女に共感する読者は多いだろうし、お詫びと称してお菓子ばかりつくってくる芦川さんには「そんな元気があるなら、会社に残って働けよ」と苛立ちを覚える読者も多いだろう。けれどおそらく、現実にいたら、恋人としても友達としても、つきあいやすいのは圧倒的に芦川さんなのである。いい人で、みんなから好かれているから、責められない。責めればこちらが悪者になってしまう。だからこっそりいじわるしようと、押尾さんは二谷を誘うのだけど……。

 果たしてそれは本当に〝正しい〟選択なのか? 〈心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説〉と帯に書かれているとおり、始終心がざわざわさせられっぱなしなのだが、その読後感がクセになる。

窪美澄『夜に星を放つ』(文藝春秋)

 対して直木賞受賞作『夜に星を放つ』は、心がすきとおるような読後感を得られる一作。双子の妹を亡くした喪失感を、妹の恋人だった男性と共有しながら、コロナ禍で加速したさみしさを、婚活で埋めようとする女性。海辺にある祖母の家を訪ねた夏休み、1歳の子どもを抱えながら影を背負う女性に恋した少年。突然の事故で亡くなった母親の幽霊に見守られながら暮らす、いじめられっこの少女。心変わりした妻とともに娘がアリゾナに行ってしまい、その面影を追いかけるなか、隣に越してきた母娘と距離を縮めていく男性。実の母親に会いたい気持ちを抑えながら、弟を生んだばかりの新しい母親と家族を思いやる少年。

 登場する人々はみな、それぞれに孤独だ。その孤独に寄り添ってくれる人がそばにいたとしても、心にぽっかり空いた穴は、完全に埋まることはない。それでも、人は明日を生きていくしかないのだという絶望と、ふるいたつ気持ちが、それぞれの形で描かれている。前向きにならなくてもいい。社会から取り残されたようなむなしさを抱えていたっていい。ただ、生きてさえいれば、いつか、誰かと手をとりあうことのできる日もくるだろう。そんな著者の願いが映し出されるような、短編集である。

凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社) 

 7位『汝、星のごとく』で描かれる孤独も、深い。〈月に一度、わたしの夫は恋人に会いに行く〉という一文から始まる本作。冒頭のプロローグでは、〈わたし〉こと暁海(あきみ)が過去に“相当なこと”をしでかしており、浮気は夫〈北原先生〉の報復らしいことが語られる。だが、ページをめくり、本編で語られはじめるのは、暁海と北原先生ではなく、地元である瀬戸内の島に越してきた転校生の少年・櫂(かい)との出会いだ。

 愛人をつくって出ていった夫を待ち続け、壊れていく母親に縛られている暁海。男にふりまわされては捨てられて泣く母親の世話をし続けている櫂。似た孤独と絶望を抱えた二人は17歳で出会い、あたりまえのように恋人となるのだが、櫂が上京したのをきっかけに少しずつ二人の関係は変わっていく。母親を見捨てることができず、島に閉じ込められたままの暁海は、いつしか櫂の恋人であることしか、誇れるものがなくなっていた。一方で、マンガ家として成功をつかみはじめた櫂は、自由を得たはずなのに、母親だけでなく、さまざまな人間関係のしがらみにとらわれていた。自分の人生を生きるためにもがく二人の、それぞれの戦いと、その戦い方が違ったがゆえに生じるすれ違いが、切ない。

 『滅びの前のシャングリラ』から二年。待ちわびていた読者の期待を映し出すように、発売後即重版となった本作、まだまだ読者層も広がりそうである。

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