もしも「きのこ」に世界を支配されたら……? 管理社会に警鐘鳴らす漫画『菌と鉄』がすごい
管理社会化に警鐘を鳴らす作品は、文学・マンガ・映画などの分野を問わず絶えず作られ続けてきた。
にもかかわらず、時代はどんどん厳しい管理社会へと向かい続けている。その流れにはもはや歯止めがかからず、むしろ、安心・安全をエサに私たち人間はどんどん管理されたがるようになってすらいるかもしれない。
そんな時代に抗うかのように登場した、片山あやかのマンガ『菌と鉄』(講談社)は、本気で管理社会化に抵抗したいという気概に溢れている。このマンガは、本気で家畜のように飼いならされて生きたくないと考えている人のための作品だ。
本作で人間を支配するのは「きのこ」である。菌類が発達し、きのこが最強種となった世界で、人間は「アミガサ」と呼ばれる存在に飼育されている。人々は行動を管理され、思考を植え付けられ、感情されもコントロールされている。そんな世界で、主人公は文字が読めないことがかえって幸いし、洗脳されずに1人だけ周囲とズレているため、洗脳もされず自らの思考を手放していない。やがて、主人公はエーテルと呼ばれる反アミガサ組織の一員となり、菌類で世界を支配する博士と呼ばれる存在に立ち向かっていくことになる。
アルゴリズムに支配されながら生きている私たちにとって、本作の主人公の生き方は非常に鮮烈で目の覚める思いがする。人が生きるというのは、本当の意味でどういうことなのかを追求している作品なのだ。
謎の多い菌類という生物
本作のユニークポイントは、キノコ=菌類の強さに着目した点だ。
本作の敵役となる、人を支配する菌糸で構成されていると思われる博士と言う存在は、自分を2億年前から存在していると語っているが、実際の菌類も2億年にきのことして誕生したと言われている。
きのこの出現は地球史的にも重要な出来事であり、きのこの動植物の死骸を分解する性質のおかげで、光合成循環のしやすい環境が生まれたとも言われており、現在の人間が暮らす地球環境を形成できたのもきのこのおかげだと言える。
太古の恐竜の時代から存在する菌類だが、その存在はまだまだ謎が多い。菌類は、動物にも植物にも当てはまらない。きのこと我々が呼んでいるものは、「子実体」というもので菌類の本体ではない。本体は地中に伸びる菌糸の方であり、子実体は繁殖のための胞子を飛ばすためのものだ。
本作の博士は、世界の地中に菌糸を張り巡らせることで世界を意のままのコントロールしていると描かれている。その全長は途方もないものだろうが、実際の現実世界でも世界最大の生物は菌類だとも言われている。
アメリカのミシガン州北部では、ナラタケの一種が15ヘクタールもの広さに菌糸を拡げており、総重量は10トン、年齢にして推定1500歳にもなるものがいるという。我々が普段目にするきのこは、菌類の末端にすぎないのだ。(参照:進化の歴史ー時間と空間が織りなす生き物のタペストリー 第41話 多様な菌類の進化)
我々の知らない地中でそれだけ成長してしまう種があるのなら、いつの間にか人間を支配下に置いたとしてもおかしくないかもしれない。なんせ、菌類はまだまだわからないことが多いのだから。本作の敵は、人類にとって実際に謎の存在である点が本作に説得力を与えている。