直木賞受賞作・窪美澄『夜に星を放つ』が描く“ほのかな光”ーー珠玉の短篇集を読む

窪美澄『夜に星を放つ』レビュー

 第167回直木賞の候補作が発表されたとき、とんでもない激戦になると確信した。なぜなら、どれが受賞しても納得の、粒揃いの作品が選ばれていたからだ。ちょっと並べてみよう。

河﨑秋子『絞め殺しの樹』(小学館)
窪美澄『夜に星を放つ』(文藝春秋)
呉勝浩『爆弾』(講談社)
永井紗耶子『女人入眼』(中央公論新社)
深緑野分『スタッフロール』(文藝春秋)

 あらためて見ても、強力なラインナップだ。最初に候補作を知ったときは、五作同時受賞でいいんじゃないのと、結構本気の冗談をいったほどである。とはいえ、そんなことは不可能なのだろう。周知のように受賞作は、窪美澄の『夜に星を放つ』に決定した。

 『夜に星を放つ』には、短篇五作が収録されている。冒頭の「真夜中のアボガド」は、綾という女性と、婚活アプリで知り合ったフリーのプログラマーの、恋の顛末が綴られている。コロナ禍で心が弱り、アボガドの種を育て始めた綾。ストーリーが進むと、彼女の抱える事情が見えてくる。綾が抱える過去も、恋の顛末も、さほど珍しいものではない。だが読んでいるうちに、彼女に感情移入してしまった。そして、とらわれていた過去から足を踏み出した姿に、静かなエールを送りたくなるのである。

 そういえば作者は、あるインタヴューで〝フィクションで一発大逆転する面白さはすごくあると思うし、私もそういう映画などは大好きですけれど、なんなく自分が書く小説としてはリアリティがないと思いがちなんです。ちょっとした可能性を、ほのかな光を見せるぐらいで終わらせるという頃合いが好きなんでしょうね。「わあ、すごいハッピーエンドで面白い」というのもいつかは書いてみたいですけれど、今の気持ちとしては、ひそやかな希望をとどめて終わる、みたいな話が好きです〟といっている。「真夜中のアボガド」だけでなく、本書に収録されている話は、一話を除いて、すべて主人公が前に進む話だ。

 たとえば第二話「銀紙色のアンタレス」は、海で泳ぐことを目的に祖母の家に行った高校生男子の真が、小さな子供のいる女性を好きになる。これに主人公を追いかけてやってきた、幼馴染の少女の朝日も絡まり、失恋二重奏が奏でられる。ラストで主人公が海で感じた重力は、人生の重さだろう。生きていれば、どんどん重さを増していくはずだ。しかし真も朝日も、気持ちのいい若者である。その重さに負けない強さを身に着けることだろう。

 第三話「真珠色のスピカ」は、学校でいじめられ保健室登校をしている中学一年生のみちるが主人公。二ヶ月前に母親が交通事故で死んだが、幽霊になって家にいる。コンタクトを取れるのはみちるだけで、彼女の父親には見えていない。そんなみちるが学校で、いじめっ子に無理やり〝こっくりさん〟をやらされる。本作は、ジェントル・ゴースト・ストーリーであり、悲しさの中に、未来を感じさせるラストが素晴らしかった。

 また、みちるがいじめられる原因になった、担任の船橋先生について保健室の三輪先生に語ったとき、披露したエピソードの後に、「あ、でもいい人ですよ船橋先生は」と、あわてて付け加える。それに対して三輪先生が、「最後に、あ、でも、良い人です、って言われる人って大概悪人だよ」という。もちろん冗談まじりなのだが、これは真理だろう。似たようなことを思っているので、深く頷いてしまった。そのように鋭く人間を捉えているところも、本書の読みどころになっている。

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