現代史家・大木毅に訊く、戦争の記憶を辿る意義 「今日にあって明日を考えるためには、昨日を知っておく必要がある」

大木毅が語る、人間と戦争

明日を考えるためには、昨日を知っておく必要がある

──現代でも通用するような内容・書籍にリニューアルしているわけですね。では、第一弾3冊の見どころを、それぞれ大木さんにお聞きしたいと思います。『日本軍が銃をおいた日』についてはいかがでしょうか?

大木:ルイ・アレンは、アジアにおけるイギリスと太平洋戦争との関わりについては世界的な権威でした。ビルマ戦線を扱った長大な通史も出版しており、日本でも専門家の間ではよく知られています。そのルイ・アレンが、日本軍の降伏という史劇を、豊かな学識と長年の経験に基づいて描き出した歴史書としても、また単純に興味深い読み物としても非常にアピールする内容だと思います。大戦闘のことを書いた本ではないため、派手さには欠け、せっかく翻訳されたのに、現在の日本では忘れられていたといっても過言ではありませんが、内容的には一読の価値のある、質の高い書籍だと確信しています。

──この本は自分もゲラをいただいて読みましたが、日本軍という「それまで降伏したことのない軍隊」が日本国外で降伏しようと思うと、こんなに色々なドラマが発生するのかと非常に驚きました。『ワイルド・ブルー』についてはいかがでしょうか?

大木:この本の著者のスティーヴン・E・アンブローズは、第101空挺師団を描いたドラマ『バンド・オブ・ブラザース』の原作者でもあります。そのアンブローズが、アメリカの爆撃機乗りについて書いた本が『ワイルド・ブルー』です。ヨーロッパの連合軍爆撃機部隊には、戦闘機の援護なしでドイツ本土を爆撃しなければならなかった時期があります。その時期に、性能的にずば抜けているとは言えないB-24という爆撃機で決死の任務についた兵士たちのノンフィクションですね。爆撃に行けば、かなり高いパーセンテージで未帰還機が出る。朝同じ場所で食事をして出て行った連中が、夜帰ってきた時にはもういなくて、そこかしこのテーブルが空いている。そういった非常にタフな戦いについて、実際に爆撃機を飛ばしたり整備したり指揮したりといった人々につぶさに聞いてまわった、ノンフィクションとして非常に読み応えのある本です。監修は、航空自衛隊の幹部自衛官で、防衛大学校の教授を務められた経歴を有し、アメリカ空軍史の専門家でもある源田孝氏にお願いして、綿密にチェックしていただきました。

──こちらも読み応えがありそうです。『バルジ大作戦』は有名な本ではありますが、どうでしょうか。

大木:現在でも説明がいらない本と言いますか、著者のジョン・トーランドがジャーナリストとして頭角を表した時代の傑作ですね。今読んでも面白いし、よく調べてある本です。60年近く昔の映画ですが、若い世代にもよく知られている映画『バルジ大作戦』の原作でもあります。ロバート・ショウがドイツ軍の戦車隊長を演じて他の役者を食ってしまった印象的な作品で、この映画で使われたドイツ軍の行進歌である『パンツァー・リート』はアニメの『ガールズ・アンド・パンツァー』でも使われていましたし、10~20代の若い方でも知っているのではないでしょうか。

──『バルジ大作戦』については、監訳や解説も大木さんが務められています。

大木:そうですね。戦いの部隊となったアルデンヌ方面は、独仏やルクセンブルクなどの原語が入り交じった地域なので、これを調べ直す必要があってそう簡単ではありませんでした。軍事用語にしても、今だったらこうは訳さないなというところがある。それを鋭意アップデートしているところです。例えばバストーニュと並んで攻防の中心になった「サン・ヴィット」という都市があるんですが、これはフランス語読みが伝わって、日本ではそういう表記が定着しました。しかし、実はドイツ語地域なので、原音主義でいくと「ザンクト・フィート」なのですね……。自分も「サン・ヴィット」で覚えてしまっているから、どうにも違和感がありますけれど、これは直さざるを得ない。そういった部分も逐一チェックしています。

──なかなか大変そうですね……! この3冊以降も、シリーズは継続する予定なのでしょうか?

大木:ひとまず第二弾まではやろうということになっていて、ラインナップはすでに決まっています。ただ、それ以降もやれるかどうかは読者の皆様のご支援次第です。この後の展開にしても、例えば第一次世界大戦やナポレオン戦争など他の戦争に範囲を広げてもいいのかといった点については、読者の皆様の反応を見つつ決めるしかありません。こちらが「こうしたい」と思っても、「じゃあ買わない」と言われてしまったらそれまでなので(笑)。

──あくまで売上を見つつ、シリーズ展開を考える予定なわけですね。

大木:ただ、もう手に入らないが読むべき本というのはたくさんありますから、読者の皆様に「こうしてほしい」という要望をいただければそれに対応するだけの蓄積、復刊候補となる作品は山ほどあります。そこはかつての日本の翻訳文化の豊かさですね。

──大木さんが感じる、そういった豊かさが継承されなかった弊害などはありますか?

大木:翻訳書籍に限りませんが、昭和の昔に検証され尽くして結論が出ているような問題がすっかり忘れ去られてしまって、今の若いファンや戦史に興味を持った人が白紙の状態でまた議論したりしていますね。それはとっくに結論が出た話だろうと思うのですが、伝わっていないのですね。先日もSNSで、ある有名な日本の将軍には、まとまった伝記がないという書き込みを見たのですが、実は40年ほど前に、戦史叢書、日本の公刊戦史の編纂官だった方が一冊本で書いていたりする。親本が出ただけで文庫にもならなかったので、そのまま忘れられてしまったのですね。その意味では、埋もれた本を取り出して、埃を払って丁寧に掃除してまた出版するという作業は必要だと思います。

──昨今、戦争の話題が身近になっているという状況もありますし、今回のような企画の意義も大きくなっていると思います。

大木:そういった空白状態が続いていたところに、否応なしに戦争が近づいてきました。例えば、ウクライナで戦争が起きたら、食べ物が値上がりする。どういうわけだということになる。でも、それは、戦争というものがどういう形でグローバルな影響を及ぼすのか、どういう論理で遂行されるのかを知らないとわからない。そこが空白だったからこそ、戦争や軍事の本に今注目が集まっているのだと思います。そんなことはどうでもいいと言っていられるほうが幸せなことなのですが、そういう状態はどうやらもう終わってしまったらしい。だとすれば、かつて出版されていたものを読み返して、あるいは新しいことを知って備えなくてはならないと、ごく普通の生活人も気づき始めているのではないでしょうか。

──過去を知ることで、現在のことがより理解できるわけですね。

大木:戦争に限らず、歴史上の出来事は同じ形で繰り返すわけではありません。例えばミッドウェー海戦に参加した空母は何隻で云々といったことを頑張って覚えたところで、それ自体は現在を理解するのに役に立つわけではない。ただし、日本海軍はあれほど戦力では優勢だったにも関わらず、なぜ負けてしまったのか、何に失敗し、どこが愚かだったのか。それを考えることは、今現在の問題に対処する上で決して無駄ではないと思います。おそらく、今日にあって明日を考えるためには、昨日を知っておく必要があるということですね。今回のシリーズ「人間と戦争」叢書も、そういった意義があると思います。

──非常に意義深いシリーズですね。

大木:もっとも、ことさらに難しく考えなくても結構です。何より「読んで面白い」ということも、大事な基準にしていますので。面白おかしいという意味ではありませんが、テーマのドラマ性、それが事実であるということによる感銘などについては、今回の3冊全てに太鼓判を押せます。いずれにしても、虚心坦懐に読んで面白く、そして、読み終わったところで戦争とは何か、軍が降伏するとはどういうことか、死が待っているところに自ら飛び込むとはどういう体験か、あるいは国家の存亡をかけた大攻勢はどう始まってなぜ失敗したのか、自然と考える点が多々出てくるのではないでしょうか。

 読書というのは、読んだからといって、明日からすぐ給料が上がったり、松竹梅の竹を選んでいたお昼ご飯がいきなり松になるわけでもありません。しかし、素朴なことではありますけれども、「面白くてためになる」という体験ができるものであります。過去にたくさん出版された中から、私自身がそう感じた本を選んでおりますので、ぜひご一読いただければ幸いです。

■書籍情報
『日本軍が銃をおいた日 太平洋戦争の終焉』
ルイ・アレン 著
大木毅 監修
出版社:早川書房
発売日:2022年8月10日
価格:4,400円

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