立花もも 今月のおすすめ新刊小説 気鋭作家のミステリから恋愛までアツい作品を厳選

立花もも 2022年7月のおすすめ新刊小説

『忍者に結婚は難しい』横関 大

横関 大『忍者に結婚は難しい』(講談社刊)

 日本の伝統的なスパイといえば、やっぱり忍者。深田恭子主演のドラマ『ルパンの娘』で、泥棒と警察官のラブコメを描いた著者が新しく選んだ題材は、伊賀と甲賀という敵対する忍者一族に生まれた夫婦の物語である。

 といっても、主人公である草刈夫妻は、互いが忍者であることを知らない。

 軽快な身のこなしと無尽蔵なスタミナ、地形を見る目をかわれて、明治時代にはじまった郵便事業に登用された伊賀忍者は、巨大な郵便ネットワークをつくりあげた。ゆえに、伊賀者である夫の悟郎は 郵便局の職員として、妻の蛍に出会っている。薬草の産地としても有名な近江地方にある甲賀の里に生まれ、野山をかけまわって育った蛍は、調剤薬局につとめる調剤師である。複雑な出自ゆえ、事情をわかっている同業者と見合いで結婚するのが妥当なのは、互いに同じ。それでも燃え上がった恋にあらがえず結婚した二人だが……。

 離婚すれば忍者としての格がさがるなど、古い価値観に縛られ、男尊女卑思考の根づいた伊賀出身の悟郎に、独立独歩の精神が強い蛍はすっかり嫌気がさしていた。そしてつきつけられる三行半。立場を守るために離婚したくない悟郎が悩むなか、伊賀系の大物政治家が暗殺された現場に、蛍がいあわせてしまって……。

 と、怒涛の展開がコミカルにテンポよく続いていくのだが、スパイもの、バトルものの要素だけでなく、互いに素顔を見せることができないゆえに、すれ違い続けるしかない夫婦の物語としての共感性も高く、ページを繰る手が止められない。

 平穏を守るためなら、いかに夫婦とて、多少の秘密をもつことは必要かもしれないが、本音のすべてを隠したまま一生ともに暮らすのはつらすぎる。忍者でなくとも、異なる文化で育った人同士の結婚は、難しい。互いの素性が露見したあと、いいところも悪いところも含めて、相手のありのままの姿に向き合いながら関係性を変えていく二人の姿に、グッとくる。

『やわ肌くらべ』奥山景布子

奥山景布子『やわ肌くらべ』(中央公論新社)

 同じ恋愛でも、こちらは激しく情念がいきかう物語。与謝野晶子といえば、夫の鉄幹との大恋愛の末、子をたくさんをもうけ、歌人としても大成した自立した女性、というぼんやりしたイメージしかもっていなかったのだが、出会った当時、鉄幹には実は内縁の妻と子どもがいて、浮気癖も借金癖もあったのだということを、この小説を読んではじめて知って、驚いた。もちろん小説なので、書かれているすべてが事実というわけではないのだろうが……。

 内縁の妻の名は、滝野。女学校の教師だった鉄幹(本名は寛)に在学中(11歳!)から目をかけられ、のちに求婚された滝野だが、惣領娘であるため、結婚するには鉄幹が婿養子に入る必要があった。了承したものの「その前に、雑誌をつくる夢をかなえて一旗あげたい。つきましては滝野にひもじい思いをさせないよう援助金もください」と説得し、滝野をつれて東京へ向かうのだが……かなり高額の持参金を「それじゃ足りない。いったん帰って父親から引き出してこい」と滝野を実家に帰らせるという、しょっぱなから、けっこうな非道っぷり。いやいやいや、結婚やめなよ、そのまま家に帰りなよ! と言いたくなるのだが、女が色恋沙汰に巻き込まれれば「傷物」として扱われる時代である。そのまま滝野は、貧乏生活に耐えながら(持参金はすべて借金返済と雑誌制作に消えた)、鉄幹の仕事を支え、内縁生活を続けるのだが、そこに現れるのが、鉄幹の才能に惚れに惚れた二人の女性歌人。その一人が、晶子なのである。

 実際に、晶子たちの書いた歌を引用しながら、滝野と晶子、そしてもう一人の歌人・登美子の想いを三者三様に描いていく筆致に、ぐいぐい引き込まれて読んでしまう。頭の先からてっぺんまで鉄幹はクソ男ofクソ男なのだが、才能のある人たらしというのはこうして世を渡り歩いていくのだな……!という妙な感動も覚える。滝野目線で読めば、晶子も大概いやな女なのだけど、有名な「君死にたまふことなかれ」をはじめとする、歌に対する彼女の情熱とプライドは本物で、才能のなんたるかについても考えさせられる。

 女性が自立するにはさまざまな障害のあった明治と言う時代で、鉄幹をめぐる三人の女たちがいかに生きたのか。読むと、いろいろ語りたくなってしまう一作である。

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