漫画短編集『音盤紀行』が描くレコードの魔法 過去と現在を紡ぐ“時空旅行”

レコードとは異なる考えを持った人々を理解するための装置

 ちなみに、この第1巻に収録されているのは、描き下ろしの第6話「アシュリーズ・ダイナー」を除き、すべて「主人公が異国の音楽と出会う物語」である。この点もまた素晴らしい。なぜならば、違う国の音楽を愛せる者は、自分とは異なる考えを持った人々のことをも理解出来るはずだからだ。歴史、文化、宗教、主義、思想、肌の色……この世界の各地にはさまざまな価値観を持った人たちがいて、それぞれが独自の音楽を奏でている。独自のビートや、独自のメロディを持っている。そのことをリアルに実感させてくれるだけでも、レコードには計り知れない力があると私は思う。

 第1話「追想レコード」のヒロインのひとり、深山暦実(単行本のカバーに描かれている黒髪の女性だ)はこんなことを言う。「(レコードの)一枚一枚に辿ってきた歴史や思いがあって……それを汲み取れたらって」

 そう、この1枚の円盤やジャケットに刻み込まれた「歴史」や「記憶」の“重み”こそが、最近流行りの(というかいまや主流の)音楽配信ではなかなか味わえない、レコードならではの魅力ということになるだろう。そしてそれは時の流れや国境を超えて、見知らぬ“誰か”に受け継がれていく。やはりレコードには「魔法」という言葉がふさわしい。

【参考文献】
『村上ラヂオ』村上春樹[文]・大橋歩[画](新潮文庫)所収「世界は中古レコード店だ」
『僕らのヒットパレード』片岡義男・小西康陽(国書刊行会)

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