神田桂一が語る、最新台湾対抗文化の魅力 インディ音楽や雑誌文化と政治の関係を探る
エステ、夜市、小籠包、スイーツ……。台湾のガイドブックを開くとインスタ映えしそうなスポットやアイテムがこれでもかと紹介されている。“女子”が弾丸旅行で行くところ。台湾に対して、そんな偏見を抱いていた。
しかしそうしたイメージは、神田桂一著『台湾対抗文化紀行』(晶文社)によって覆されることになった。ヒット作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)から4年。本書で神田は、台湾の対抗文化が描く様相を活写してみせた。果たして台湾のカウンターカルチャーの魅力とは? 高円寺某所で神田本人に話を聞いた。(中垣内麻衣子)
乗り気じゃなかった台湾旅行
ーー神田さんが台湾と出会ったきっかけを教えてください。
神田:僕はもともと海外旅行が好きで、アジアの国々はほとんど行ったことがあったんです。でも台湾には行ったことがなくて……。台湾って日本と似ているからカルチャーショックがないと聞いていたので、正直あまり惹かれなかったんです。僕は日本と価値観が全然違うところに行きたかったので。
ところが、あるとき『Spectator』という雑誌の発刊パーティに参加したんですが、ちょうど前号の特集が「台湾」だったんです。パーティには小籠包の出店なんかもあって……。そのとき編集部の人たちから「台湾良かったよ。人も紹介できるよ」と勧められたんです。ちょうど年末はどこに行こうかなと考えていたところだったし、飛行機のチケットがすごく安かったので行くことにしました。2011年のことですね。
ーー最初は乗り気じゃなかったということですが、一度行って魅了されてしまったわけですね。それはなぜでしょう。
神田:台湾の最大の魅力は“サブカルチャー”じゃないでしょうか。僕はもともと日本のサブカルチャーやインディーズ音楽が好きだったので、台湾に行ったときも現地の“サブカル”に惹かれました。ちなみに台湾では、サブカルチャーのことを“次文化”=次に来る文化と呼ぶんですよ。日本の“サブカルチャー”(下位文化)よりも前向きな言葉ですよね。ただ、本のタイトルにはこの言葉ではなく、「対抗文化」という言葉を使いました。
インディ音楽と政治の切っても切れない関係
ーー台湾のサブカルチャーというとどういったものを指すのでしょうか。神田:例えば台湾のインディ音楽。最近だと、落日飛車(サンセット・ローラーコースター)なんかは日本でも人気ですよね。
実は、台湾のインディ音楽って、政治抜きには語れないんです。というのも、90年代までは、反国民党政権という反権力の象徴だったんです。台湾では、戦後、中国寄りの国民党政権が徐々に独裁色を強め、1949年から1987年までのおよそ40年間にわたって戒厳令が敷かれていました。そうした国民党政権を批判する姿勢が根付いていたんです。
レコード店の店主を務める友人によると、インディ音楽は中国語で『獨立音楽』と書くんですが、これはメジャー・レーベルからの独立と中国からの独立という二つの意味が込められているそうです。
ーー現在の台湾は、蔡英文氏率いる民主進歩党が政権与党となっています。「一国二制度」を拒否し、アジアで初めて同性婚を合法化したり、最近ではオードリー・タン氏がコロナ対策をリードしたりするなど進歩的なイメージです。
神田:ただ元々は政治的だったインディ音楽も、最近では徐々に脱政治化してきました。それは台湾の政治状況が変わったこともありますが、バンドが中国に進出するにあたって、中国を批判していられないというのも大きいです。
台湾の人口は2400万人しかいないので、音楽市場が小さいんです。台湾で売れてもたかが知れているんですよね。自ずと中国進出を目指すわけですが、そうなるとどうしても中国批判を控えてしまうわけです。日本への進出を目指す人たちも少なくありませんが、言葉の違いが壁になっています。
アーティストのコミュニティが対抗文化の土壌に
ーー本書では、インディ音楽以外にも雑誌やオルタナティブ・スペースが取り上げられています。
神田:台湾では、雑誌があまり育っていないことからZINEカルチャーが活発なんです。戒厳令下では、出版も思うようにできず、表現活動にかなりの制約があったので、個人によるZINEの作成が活発という側面もあります。
2013年頃には、ZINEブームがあったのですが、その中から『秋刀魚』という雑誌が出てきました。毎回、台湾と日本のカルチャーを紹介している雑誌で、『銀座線とカレー』『在台湾日本人』『午後九時以降の東京』などのユニークな特集を組んでいます。この雑誌が、メインカルチャーとインディペンデントカルチャーの架け橋になっているんです。
それから台湾には面白い場所もたくさんありますよ。例えば、古亭駅の近くにあった「直走珈琲」。ここは、反原発運動に関わる人たちが出入りするカフェで、僕が行ったときも「反原発デモをどのようにやるのか」という会議をしていました。日本の坂口恭平さんや松本哉さんの本も置いてありましたよ。小汚くて、まさに高円寺みたいな場所でしたね(笑)
台北の近くに原発があって、もし事故が起きたら台北の街が放射能汚染されてしまうという危機感が台湾の人たちにはあるんです。こうした反対運動も後押しとなり、蔡英文政権は2017年、原発を25年までに全停止する条文を盛り込んだ「脱原発法」を成立させました。18年に住民投票でその条文は撤廃されましたが、その後も蔡政権は25年までに脱原発を実現する方針を変えていません。
ーー本書では、「waiting room」というユニークなオルタナティブ・スペースも取り上げられていますね。
神田:「waiting room」は、台湾で人気のバンド「透明雑誌」のドラマー・trixがオープンしたお店で、レコードやZINE、Tシャツなんかを売っていました。彼は「コミュニティづくり」を目指してこのスペースを作ったそうです。
ここにはクリエイター予備軍がたくさん集まってくるんですよ。音楽をやりたい人、アーティストを目指している人、アパレル系の人……何かやりたいという人が最初に集まる場所が「waiting room」なんです。ここで仲間を募って実際に活動を始める人もいます。とてもオープンな場所で、買い物をせずにただたむろしている人も少なくない。他にも、同じく「透明雑誌」のメンバーがオープンした「PAR STORE」という店があります。こうしたスペースが、文化の土壌になっているんです。