原田ひ香が描く、神保町の味わい深い魅力 古書×グルメ×人間ドラマ『古本食堂』がおもしろい
なお私も高校生の頃から、神保町の古書店街をうろちょろしていた。神保町に出版社が多いこともあり、今でも仕事の関係で行くことが多い。個人的に思い入れのある街なのだ。だから、よく知っている飲食店が出てくると嬉しくなる。特に、ビアレストランの「ランチョン」が登場したのに大喜び。私がこの業界の仕事を始めたころ、世話になった編集者に、よく奢ってもらった店なのである。
いやまあ、それはどうでもいい。話を本書に戻そう。「辻堂出版」の社員や、作家志望の青年など、古書を通じた人の輪が、しだいに広がっていく。そしてストーリーが進むと、珊瑚と美希喜の心の奥が見えてくる。亡き滋郎にモヤモヤした気持ちを抱き、進むべき道に悩む美希喜。ある人物との関係に迷う珊瑚。滋郎の秘密も含めて、人々の心を優しく解きほぐしていく、作者の手際が鮮やかだ。冒頭に出てきた丸谷才一をラストにも出して、物語を締めくくったところも見事である。古書とグルメと人間ドラマ。どこを取っても、面白い作品なのだ。
なお最近、第一巻が発売された冬目景のコミック『百木田家の古書暮らし』は、祖父の遺した神田神保町の古書店を引き継いだ三姉妹を主人公にした、これまた面白い作品だ。ストーリーはもちろん、神保町の風景も堪能できるので、本書と併せてお薦めしておきたい。