サラ金は個人間の金の貸し借りからはじまった? 新書大賞『サラ金の歴史』が示す、意外なルーツと功罪
2020年12月~2021年11月に刊行された新書を対象に、その年最高の一冊を選ぶ「新書大賞2022」(2月10日発表)。そこで大賞を受賞したのが、本書『サラ金の歴史-消費者金融と日本社会』だ。サラ金というと、取り立ての怖くて物騒な業種をイメージする人もいるだろう。だが本書を読みはじめたら最後、そんな偏見で思考停止などしていられなくなる。
著者の小島庸平は東京大学大学院の准教授で、経済史が専門。小島はまずサラ金のルーツについて、新たな視点を提示する。近代における銀行や財閥によるサラリーマン・社員への貸付が始まりという通説には依らず、太平洋戦争以前の個人間金融にこそ源流があると唱えるのだ。
当時の都市部の貧困地域に目を向けると、男性労働者たちは「男らしさ」を誇示する手段として、喧嘩や自慢話と同じ感覚で、金を貸す行為を利用していた。彼らは資金貸借の契約と共に、親分取りもしくは兄弟の契りを結ぶ。親分・兄貴は弟分に仕事の斡旋をするなど、面倒も見てやりながら義侠心をアピールする。その関係は高い利子によって繋ぎ止められており、借り手は日々の支払いで雁字搦めとなっていた。
こうした素人高利貸は、サラリーマンの世界にも存在する。戦前の会社員は、急激な物価の上昇で生活が苦しかった。だが安月給で金融機関からの信用はなく、金を借りたくても借りられない。そこで困ったときの助けとなるのが、有利子で金を貸して副収入を得る同僚たちである。給料がいつ入るかも分かっているから貸した金を確実に回収できる社内金融は、会社員にとって有力な資産の運用方法となっていた。
このような身近な人間関係による金の貸し借りで思い浮かぶのが、自らのダメっぷりを芸にする通称「クズ芸人」たちだ。クズ芸人の代表格である岡野陽一は全国各地の友人知人から借金をし、彼らのことを「債権者様」と呼んでエピソードトークのネタにしたり、果ては自身のラジオ番組にゲストで招いたりもする。男女コンビ「相席スタート」の山添寛は相方の山﨑ケイや所属事務所に借金をしながら、それを「絆」と呼んで憚らない。彼ら現代のクズ芸人たちの借金芸はサラ金のルーツに影響を受けているのかも、なんて想像してみたくなる。
男女といえば、本書ではサラ金の客層の変化とともに、外からは見えない夫婦の財布事情を覗き見もできる。戦後になると、素人高利貸の中から会社を興し、団地を対象とした消費者金融を始める者が出てくる。そこで顧客となるのは、ご近所さんと同じ家電を揃えたいといった見栄のため、夫に内緒で借金をしようとする主婦たちであった。
1960年代の高度経済成長期に入ると、サラ金ことサラリーマン金融が誕生し急成長を遂げる。ターゲットとなるのは、仕事関係の交際費が小遣いだけでは賄いきれないほどに多い、付き合いの良さが出世に影響する時代のバイタリティ溢れるサラリーマンたちである。やがて景気が後退期に入ると、生活費の穴埋めといった需要を持つ層として、主婦層が再び注目される。彼女たちがお得意様であることを象徴する物、それは街頭で配られるポケットティッシュだったのだが、なぜかといえば……。という具合に、本書はさまざまな分野に話の波及していく構成で、読者を最後まで飽きさせない。