名作『寄生獣』から連なる系譜ーー漫画研究家・藤本由香里が読み解く『進撃の巨人』のルーツ

藤本由香里の『進撃の巨人』評

 稀代の傑作『進撃の巨人』は人類に何を問いかけるのかーー2021年4月に約12年に及ぶ連載に終止符を打った漫画『進撃の巨人』を、8人の論者が独自の視点から読み解いた本格評論集『進撃の巨人という神話』が3月4日、株式会社blueprintより刊行される。

 漫画研究家の藤本由香里氏は本書において、『進撃の巨人』作者・諫山創の作家性、同作が国内外で人気を獲得した要因を分析しながら、そのルーツともいうべき作品にも迫っている。リアルサウンドブックでは、その一部を抜粋してお届けする。(編集部)

名作『寄生獣』から連なる系譜

 諫山創氏自身がたびたび語っているように、『進撃の巨人』はキャラクターではなく、巨人を最大限に活かすことができる「世界観」ありきで創作された物語だ。そして、『進撃の巨人』に繋がる「世界観」のルーツはどこにあるのかと漫画史をさかのぼると、名作『寄生獣』(岩明均、1988~)に行き当たる。

 人間の頭のように見えていたものが、スイカのようにパカっと割れ、人間を捕食する――私は『寄生獣』が連載されていた当時、電車のなかでたまたま隣の人が読んでいたこのシーンを目撃してしまい、懸命に横目でタイトルを盗み見て、そのまま書店に駆け込んだことをよく覚えている。『寄生獣』には、「人間という存在を根源から問い直す」というテーマが色濃く出ており、文芸評論家の故・加藤典洋氏が「文学を含めて戦後のベストテンに入る」と評するほどの作品だった。

 ヒト型のものが、変形して人間を捕食するという衝撃。そして、ひとつの世界観を構築して人間という存在を問い直すというテーマ性。これらは明確に『進撃の巨人』につながるエッセンスだが、『寄生獣』の連載が終了した1995年から、『進撃』の連載が開始した2009年まで14年の時間があり、もちろん、一足飛びにつながっているわけではない。

 『寄生獣』の衝撃は凄まじく、これに連なるような作品が次々と生まれていった。『犬神』(外薗昌也)に『ARMS』(皆川亮二)、変わったところでは、小学校を舞台に「エイリアン対策係」の活躍を描いた『エイリアン9』(富沢ひとし)もそうだ。なかでも『ARMS』(1997~)は、諌山氏自身がガイドブック『進撃の巨人 OUTSIDE 攻』のなかで、「この作品と出会っていなければ、いま漫画を描いていかなかったかもしれない」という趣旨の発言をしているように、直接のルーツとなった作品だと言える。

 手や足など、人体の一部が変形·強化するという『ARMS』の設定には、『寄生獣』の直接的な影響が感じられる。ただ違うのは、地球の生命が炭素生命体であるのに対し、『ARMS』では、外宇宙から飛来した珪素(シリコン)生命体が物語の鍵となる。それと人体とを融合させた存在、それが「ARMS」であるとされているのだ。シリコンはご存じの通りコンピュータの基礎となる半導体の材料。つまり無数のナノマシン(金属生命体)が瞬時に細胞を組み換え、人体の形状や機能を変えるわけだが、ARMSにはそれぞれジャバウォック、ホワイトラビットなど、『不思議の国のアリス』シリーズに関連する名前が冠されている。

 それは、外宇宙から飛来した孤独な珪素生命体と最初に融合して「ARMS」を生み出した存在であり、無機質な施設に閉じ込められてきたアリスが、不思議の国で自由を謳歌するもうひとりの「アリス」を理想像として、心の拠りどころにしていたからだ。圧倒的な孤独を背負ってきたアリスには、地球の生命体を滅ぼそうとする「黒い」部分と、心優しく人を愛する「白い」部分があり、その意志がどちらに転ぶか、ということが物語の要諦となる。ここまで書けば、「ARMS」の根源たる「母なるアリス」と、『進撃の巨人』における「始祖ユミル」(ユミル·フリッツ)が非常に似た位置にあることが見て取れるだろう。アリスも始祖ユミルも、孤独で儚げな印象を持つ少女という造形にも共通項が見られる。

(続きは『進撃の巨人という神話』収録 藤本由香里「ヒューマニズムの外へ」にて)

■書籍情報
『進撃の巨人という神話』
著者:宮台真司、斎藤環、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、後藤護、しげる
発売日:3月4日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
予約はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6204e94abc44dc16373ee691

■目次
イントロダクション
宮台真司 │『進撃の巨人』は物語ではなく神話である
斎藤 環 │ 高度に発達した厨二病はドストエフスキーと区別が付かない
藤本由香里 │ ヒューマニズムの外へ
島田一志│笑う巨人はなぜ怖い
成馬零一 │ 巨人に対して抱くアンビバレントな感情の正体
鈴木涼美 │ 最もファンタスティックなのは何か
後藤 護 │ 水晶の官能、貝殻の記憶
しげる │立体機動装置というハッタリと近代兵器というリアル
特別付録 │ 渡邉大輔×杉本穂高×倉田雅弘 『進撃の巨人』座談会

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