『女の園の星』和山やまワールドはなぜ魅力的なのか 独特の余白と対照的なふたつのベクトル
対照的なふたつのベクトルが形づくる和山氏の世界
前項で挙げた作品のあとに描かれた『女の園の星』においても、コマの枠を越えた描写が多く見られる。しかし本作ではときに内枠の外に描写され、掲載範囲の限界まで枠線が伸びたコマも存在する。これまでの和山氏の手掛けた作品ではあまり見られなかった表現であり、和山氏の世界は広がりを見せた。
ページの端まで描かれるようになったのはコマの枠線だけではない。1巻「2時間目(第2話)」では3年2組担任「郡司先生」の実家で飼っている犬「セツコ(副担もといタピオカ)」が上の階からリードでつるされるシーンが登場するのだが、セツコのリードはページ外から伸びるように描かれた。
セツコが上の階からリードでつるされたあと、セツコは「星先生」のクラスメイトによって油性ペンで眉毛を書かれてしまう。そんなセツコを撫でるように星先生の手はページの外から伸びるように描かれている。
内側から外側に向かう表現に加え、『女の園の星』からはページの外側から内側に向かう表現も加わった。まるでセツコを撫でる星先生がページの外に存在しているかのように、和山氏の世界が拡張されたのだと感じる。
それに、人によってお笑いのツボって違うじゃないですか。私は面白いけど、一緒に見てた友達はそうでもないってこともけっこうあるし。私のマンガを全然おもしろくないっていう意見も理解できますし。だから笑わそうっていうより、人間を描こうっていうのを意識してます。(中略)私としては奥底に「かわいい」っていうテーマがあるので、面白さというよりは人間のかわいらしさを描いているつもりなんです。(「カラオケ行こ!」特集 和山やま×江口夏実対談3/3)
上記は『鬼灯の冷徹』などの作品で知られる漫画家・江口夏実氏との対談で和山氏が話した内容を抜粋したものだ。和山氏はページを立体的に構成し、ページのなかで表現する自身の世界を現実の世界に向かって拡張してきた。しかし和山氏は読者を笑わそうとするのではなく、自身の感じる人間のかわいらしさに意識を向ける。
表現のベクトルは読者の存在する外の世界に向きつつ、物語を生み出すベクトルは自己の内へと向かう。作中の世界を形づくる対照的なふたつのベクトルによって、和山氏の作品は作中の世界と現実の境目が曖昧になってしまう感覚を覚えつつも、完全に掴むことのできない“はがゆさ”さえ感じてしまう。故に未知の存在を知ろうとして虜に、夢中になってしまうのだろう、和山氏の世界に。