自分の感情や思考を伝えることや共感の難しさについては、『ブルーピリオド』や『違国物語』を読みながら、いろいろ考えます。『ブルーピリオド』では、美大に通う主人公・八虎が言葉ではなく絵画や創作物によって自身の内面を表現しようとします。『違国物語』では、両親を事故で亡くした少女・朝を、叔母で作家の槙生が引き取る物語ですが、自分は他者を本当に理解することができるのか——ひいては、自分という存在は他人に理解されうるのか——を問いかけます。どちらの作品も、自分の中の気持ちは——仮に他人に理解されなくても——そのまま持っていていい、と語りかけているように思われます。『ブルーピリオド』の「君が感じたことは否定しないでほしいなっていう…」(10巻)というセリフは、『違国物語』で繰り返される「あなたの感じ方はあなただけのもの」という槙生の言葉と共鳴し、ふたつの作品はその意味で繋がっているような気がします。
「そのまま」でいること、そこからちょっと手を伸ばしてみること、「そのまま」を許されないこと、理解されないこと。ふとした心の機微をすくい取るような作品をこれからも読みたいと思っています。
慶應義塾大学教授。専門はアメリカ文学。著書に『立ちどまらない少女たち——<少女マンガ>的想像力のゆくえ』(松柏社)など。
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