ライターが選ぶ「2021年BLコミックBEST10」後編 キーワードは“年の差”と“ファンタジー”か?

「2021年BLコミックBEST10」後編

 前回の第6~10位編に続き、筆者主観で選んだ今年イチオシBL漫画をランキング形式で紹介する「2021年BLコミックBEST10」。前編の第6~10位で選んだのは、以下の5作品だ。

「2021年BLコミックBEST10」前編記事
第6位『世界でいちばん遠い恋』(麻生ミツ晃/海王社)
第7位『秘め婿』(芹澤知/シュークリーム)
第8位『踊る阿呆と腐れ外道』(あかねソラ/竹書房)
第9位『羅城恋月夜』(朔ヒロ/双葉社)
第10位『じじいの恋』(黒江S介/リブレ)

 そして今回は、第1~5位の作品を紹介したい。

「2021年コミックBEST10」島田一志 編 『ルックバック 』という収穫
「2021年コミックBEST10」飯田一史編 1位は読み切りの少女マンガ!
「2021年コミックBEST10」ちゃんめい 編 『フールナイト』が描く衝撃の世界観
「2021年コミックBEST10」関口裕一編 漫画家への感謝の念を抱く作品たち
「2021年コミックBEST10」若林理央編 漫画表現のさらなる可能性を感じた1年
「2021年コミックBEST10」立花もも編 この作品を読んでこなかった自分が恥ずかしい!
「2021年コミックBEST10」白石弓夏編 ヒロインをどれだけ愛せるかがキーポイント 

日常BLの傑作作品もランクイン

第5位『さよなら、ナナシのバイオリン』(うめーち/リブレ)


 大切なものに名前をつけるという行為が、こんなにも独特な世界観へと変貌を遂げるのかと驚きを与えてくれたのが『さよなら、ナナシのバイオリン』だ。同作の舞台は、“モノ”に名前をつけると生命が宿り「名持ち」と呼ばれる生物になる世界。とある事情で名持ち楽器を手にしようとしないバイオリン奏者の奏介と、彼に弾いてほしいと願う自分の名前を知らない人型バイオリンが織りなす、不思議でやさしい純愛が描かれる。

 見どころは、なんといっても絵の生命力。特に生物が楽器に変身するシーンと演奏シーンは圧巻だ。繊細な手入れを必要とする楽器ならではの、緻密な線。どんな音が鳴るのか、読者の想像力を存分に膨らませてくれる抽象的表現。キャラクターたちの鼓動と豊かな音色が今にも聞こえてきそうな生命力にあふれた絵は、ゆっくりと育まれていく奏介とバイオリンの信頼関係の大きな説得力にもなっている。

 また独創的な世界の中に、人間の普遍性が描かれている点もすばらしい。傷つくのを恐れて大切な存在を側に置きたがらない人の弱さ。反対に大切にしたい人のために動ける人の強さ。決してモノとヒトという関係から始める独特なファンタジーで終わらせない、人間味にあふれた心温まる1冊だ。

第4位『夜明けの唄』(ユノイチカ/シュークリーム)

 2021年のファンタジーBLを語る上で、『夜明けの唄』は絶対に欠かせない。島民を守るために夜の黒い海と孤独に闘う覡(かんなぎ)様ことエルヴァと、彼を一途に想う青年アルトの間でゆっくりと育まれていく愛を描く同作。この恋愛要素をより盛り上げてくれるのが、先を読ませてくれない展開だ。

 たとえば覡の存在そのものが謎に包まれている点。覡は夜の黒い海からやってくる化け物と闘うのだが、その正体はエルヴァ自身も彼をサポートする修道院の面々ですらも知らない。さらに覡は短命だ。体に広がる黒い痣のせいで成長が止まり、数年で死を迎える。エルヴァもその例に漏れなかったのだが、アルトと過ごす日々の中で痣が薄まっていく。痣の出現も治癒も、その理由は今のところ何も解明していない。

 これらの幾重にも重なる謎が、ふたりの恋路に暗雲をもたらす。この緊迫感と、相手の幸せを案じ合うふたりのあたたかな愛情との対比が、ラブストーリーとしての満足度にも繋がっている。

 同作は、著者・ユノイチカ氏のデビュー作。あまりの読みごたえに、新人作家という事実を一瞬受け入れられないくらいの衝撃が走ったファンも多いのではないだろうか。

第3位『オールドファッションカップケーキ with カプチーノ』(佐岸左岸/大洋図書)

 「BLアワード2021」コミック部門1位、「このBLがやばい!2021年度版」2位と、2020年度に発売されたBL作品の中で圧倒的に支持されたと言っても過言ではない『オールドファッションカップケーキ』。その続編にあたる『オールドファッションカップケーキ with カプチーノ(以下、カプチーノ)』は、四十路目前の上司・野末と彼を心から慕う10歳年下の部下・外川の恋が成就した“その先”を描いている。

 2度目の成人を迎え変化に臆病になってしまった野末を、外川の一途な思いが引き上げる物語だった前作。カプチーノでは外川と人生を分かち合うという変化を選んだ野末が、周囲の目という現実を目の当たりにしたことで、自身の中に眠っていた「普通」に振り回されてしまう様子が描かれている。この“ありもしない普通”に覚悟が揺らぐ人の感情の描き方が、自分にも思い当たる節があると感じるほどリアルなのだ。

 また写真アルバムのような細かなコマ割りも、前作から継承されている。ふたりの日々を淡々と切り取るような構図が逆にシネマティックで、物語に臨場感を与えていた。背景や小物の描き込みも秀逸で、ふたりが今を生きていると実感させてくれる。日常BLの傑作と言えるだろう。

第2位『神様なんか信じない僕らのエデン』(一ノ瀬ゆま/リブレ)

 BL界ではもうおなじみとなった一大ジャンル「オメガバース」。α(アルファ)・β(ベータ)・Ω(オメガ)という男女性とは別の二次性が存在する世界を描く作品群だ。作品によって多少の違いはあるものの、「Ωは男性でも妊娠できる」「Ωには定期的な、αにはΩのフェロモン起因の急性的な発情がある」「αとΩの間でしか成り立たない“番”関係」という独自の設定が、創作の幅を広げるきっかけとなっている。

 しかし人気ジャンルゆえの課題だろう。「差別や偏見に苦しむΩをたったひとりのαが救済する」というテンプレートが確立されつつあるのも否めない。だからこそ『神様なんか信じない僕らのエデン』が描いた「最初のαとΩの物語」は、衝撃だった。

 「オメガバース」の設定を理解したうえで物語を読み進めてきたBL読者にとって、同作が描いた「二次性の起源」は改めて言われなければ疑問すら抱かない視点だったように思う。あえてその「当たり前」にキリスト教的要素を絡めながら切り込んだ同作は、テンプレート化されつつあったオメガバースのストーリーに、まだまだ開拓できる可能性があることを示してくれた。

 またΩが出す香り(フェロモン)の描写も秀逸だ。同作においてフェロモンは、効果音だけでなく妖艶な煙のような作画で表現されていた。鼻をくすぐるなんてものではない、まとわりつく濃密な香りであることが、絵だけでも十分すぎるほどに伝わってくる。

 展開とフェロモン表現の斬新さが光る『神様なんか信じない僕らのエデン』は、始まりの物語にしてオメガバースの新時代を切り開く作品といっても過言ではないだろう。

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