漫画ライターが選ぶ「2021年コミックBEST10」ちゃんめい 編 『フールナイト』が描く衝撃の世界観
『ファッション!!』はまるでファッション業界版”パラサイト”
2位の『ファッション!!』(はるな檸檬)は、ハイセンスな表紙から受けた印象を良い意味で裏切った傑作だ。単行本の帯には「オタクにおしゃれは難しい!!」と大きく書かれていたので、てっきりファッション業界が舞台の一発逆転サクセスストーリーかと思いきや全く違う。『ファッション!!』とは、ファッション業界を舞台に偽りの天才に翻弄されていく様子を描いたヒューマンホラーなのだ。主人公はファッション業界に憧れて上京した新道開。妻と子どもと3人で幸せに暮らしながらも、開のファッションオタクっぷりは健在で、東京コレクションやファッション関連のイベントに足繁く通う。そんなある日、ファッションに対してアツい情熱を持つ青年に出会う。ひたむきな情熱と荒削りながら才能の片鱗を見せる彼に心を動かされた開は、自分の知識やアイディア、人脈、時間、全てを彼に捧げ東京コレクションに挑むことになるのだが......。
タイトルにもなっている『ファッション!!』だが、”fashion “には多くの人が思い浮かべるように「流行している服装や装飾等」という意味のほか「見せかけ」という意味を持つ。開が全てを捧げる青年の正体が明らかになっていくうちに、このタイトルの持つ言葉の面白さにとにかく圧倒される。そして、この青年の一挙一動からは、2019年に映画シーンを席巻した韓国映画「パラサイト」のように”知らぬ間に誰かに侵食されていく......”言葉に表せない不気味さを感じた。
『アンタイトル・ブルー』魅力は主人公の”絶えない情熱”
3位に選んだ『アンタイトル・ブルー』(夏目靫子)は、アート×サスペンスという異色の一作だ。昔は日本画の神童と称されたものの、現在はスランプに陥ってしまった主人公・あかり。そんなあかりがひょんなことから出会った自殺未遂らしき男・臣と共謀し、ゴーストペインターとして活動し始めるところから物語は始まる。嘘とそれぞれの思惑が交錯する緊迫感溢れるストーリー展開、あかりと臣の恋愛とは言い難い歪で儚い関係性もさることながら、本作の魅力はなんといってもあかりが抱くアートへの”絶えない情熱”だ。物語が進むにつれて、あかりはゴーストペインターである臣の存在に甘えるどころか、その才能に刺激を受けて魂を剥き出しにして芸術と向き合っていくのだが、まさにその過程にあかりの”絶えない情熱”を感じる凄みのようなものがある。
純粋にサスペンス、アート漫画として楽しむのはもちろんだが、何者にもなれなかった......と今の自分に対して鬱屈とした思いを抱える人にはあかりの姿が痛いほど刺さるのではないだろうか。