『アイの歌声を聴かせて』シオンは本当に“ポンコツAI”なのか?
ポンコツAIと超優秀なAIだったらどちらを選ぶ? そんな疑問に答えをくれそうな物語をふたつ紹介しよう。吉浦康裕監督のアニメ映画を小説にした乙野四方字『アイの歌声を聴かせて』と、電撃小説大賞で大賞となった菊石まれほ《ユア・フォルマ》シリーズだ。
「サトミ! 今、幸せ?」。クラスに転校してきてシオンと名乗った美少女にいきなりそう話しかけられ、「私が幸せにしてあげる」と昔のアニメ映画で使われた曲を歌われたサトミ。その心情はきっと、恥ずかしさでいっぱいだったに違いない。映画『アイの歌声を聴かせて』の冒頭で繰り広げられるそんなシーンでは、観ている方もサトミの心情に共感して恥ずかしさに身もだえしてしまう。
サトミはシオンが実はAIで、近くにあるハイテク企業に勤務している母親が作ったものだと知っている。人間にAIだとバレないまま、数日間を人間といっしょに過ごせるかという実験のために送り込まれて来たシオンが、人間離れした言動を見せたことに焦っているサトミの心情に、これまた共感を覚えて居たたまれなさに苛まれてしまうのだ。
小説も同じだ。むしろ小説の方が、映画の冒頭部分が省かれている分、シオンのポンコツぶりをいきなりぶつけられて、ハラハラとした心境に引きずり込まれてしまう。そして、以後も繰り出されるシオンによる数々の奇行に胃をギュッと締め付けられる気分を味わうのだ。
ポンコツはやっぱりポンコツなのか。そう思わせておいて物語は、シオンのストレートな物言いが、喧嘩していたカップルを仲直りさせ、勝てなかった柔道部員に初白星をもたらし喜ばせ、人間の役に立っていることを見せていく。誰もいなかったサトミの周囲にだんだんと仲間が増えていき、当初の居たたまれなさも消えて物語に身を委ねていけるようになる。
浮かぶのが、シオンは本当にポンコツだったのか、という問いだ。災いが転じて福となっただけなのか、それとも別に目的があったのか。人間と同化することだったら、サトミを見つけるなり「今、幸せ?」とは聞かないし、「幸せにしてあげる」と言ってサトミが好きだった歌も唄わない。
シオンはどこから来たのか、何によって動いているのか。それを知った後では、シオンはポンコツではなく極めて優秀なAIなのかもと思えてくる。命令に忠実で目的のために突っ走るAI。そんなシオンの一途さが、結果としてシオンの回りにいる人たちも幸せにした。
そのことに気付いた時にはもう、この『アイの歌声を聴かせて』という物語も、シオンという存在も大好きになって、エンディングまで付き合っていける。小説ならラストに添えられた、シオンの"その後”の振る舞いも……。それが何かは読んでのお楽しみということで。