『砂とアイリス』は自分の“欲張り”を許してくれる? 主人公が最後にみせた自立

『砂とアイリス』は自分の“欲張り”を許してくれる? 

※本稿では『砂とアイリス』の内容に触れています。

 仕事、恋愛、友情ーーどれも譲れない人を応援するマンガが『砂とアイリス』(集英社)だ。8月に最終巻となる5巻が刊行されたこのマンガを読んだ後には、きっとあなたは自分の“欲張り”を許すことができるだろう。一見、ワガママに見える生き方には賛否両論がつきまとうが、遠慮してしまいがちな人の背中を押し、自分の道を作り方を教えてくれる『砂とアイリス』は、貴重な作品だ。

1巻の表紙の衝撃

 筆者が『砂とアイリス』を手に取ったのは、1巻の表紙のおかげだった。綺麗なドレス姿に高いヒールのブーツ。それにスコップと素っ気ない発掘調査器具の入ったケース。お洒落と発掘調査……そのギャップが面白く、一見して不釣り合いに思えるが、1巻を読んだ後、この組み合わせしかない、と思った。

 作者は西村しのぶ。『一緒に遭難したいひと』(講談社)、『RUSH』(祥伝社)などで知られ、お洒落と園芸に関するマンガエッセイ『下山手ドレス別室』(祥伝社)も連載中だ。本作の主人公は、研究者のたまごの長瀬なぎさ。都内にある研究所から、土をいじる発掘現場まで縦横無尽に、興味が惹かれる場所ならどこにでも行く。ときに着飾って、ときにノーメイクに着の身着のまま。自由で楽しい恋と研究生活を送っている。

発掘調査やお仕事のリアル

 長瀬は漆(うるし)の研究所に勤めている。10年物のマイ・寝袋を持っており、どこでも寝られるし、「寝起きがいい」という理由でアシスタントに決まったという経緯がある。発掘調査が好きな長瀬は、土仕事が得意。セクションは綺麗に仕上げることができるが、デスク仕事はサンプルがつっかえて残業と徹夜が決定したり、とミスも少なくない。現場に段ボールを敷いて、寝袋で寝転がることもしばしば……と、いわゆる“できるビジネスパーソン”像ではない。

 しかし白衣を着て、ネームプレートを首から下げている長瀬の姿は凛々しい。白衣の使い方もいろいろあるようで、割烹着のように白衣の後ろ面を前にして、前面を洗濯バサミで留める「集中スタイル」もあるらしい。このように白衣一着で同僚と盛り上がる話(2巻収録)は、現場で働く人ならではのエピソードで、とても興味深い。

 また徹夜飯も日清のカップヌードルやモス・バーガーのライスバーガーだったり、お偉いひとと遭遇したときには、うどん屋さんに連れて行ってもらったりと、食事の描写が充実しているのも、読者には楽しく映る。食を楽しんでいるひとは、生きることも充実していることが多いと思うし、長瀬の仕事のスタイルは厳しいながらも、充実しているのではないだろうか。

お洒落もします……ときどき。

 厳しい仕事環境に揉まれていれば、外見に無頓着になってしまうこともあるだろう。しかし長瀬は、カジュアルながらおしゃれを忘れない。発掘調査の現場に行くときは綺麗なブーツをドタ靴に履き替えたりする。その身なりの気遣い方は、ただ「お洒落をしています」という「見せびらかし」ではない。直接的に仕事には影響しないし、出会いが多い職場にも思えないが、身なりを整えることで、自分らしさを失わず、等身大で生きることができているように見える。

 長瀬はまだまだ職場では新人で、ない袖は振れない。友人の永野とセールの情報を共有するのも自然だ。本作では、白衣姿の長瀬も、パンツスーツを着こなした長瀬も、素敵に描かれている。仕事に没頭する自分も、おしゃれが好きな自分も、丸ごと認めていいのだ、という気分にさせられるのだ。

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