『進撃の巨人』は立体機動装置こそが最重要の仕掛けだったーー厳密なルールをひっくり返す、見事なハッタリ

『進撃の巨人』立体機動装置のハッタリ

梶原一騎の大リーグボールに匹敵する発明

 加えて、エレンたちが受ける「地上の台に吊ったハーネスで姿勢を保つ訓練」の描写も素晴らしい。なるほど、こういう順序立った訓練を積み重ねることで体重移動と姿勢の制御を覚えれば、立体機動装置で巨人の首筋近くに肉薄することもできるかもしれないという説得力がある。この「装置の原理を把握してメチャクチャ頑張れば、人類が巨人を殺せるかもしれない」と思わせる温度感。これが立体機動装置の設定の見事な部分なのだ。「現実的には無理だろうけど、作品世界内でメチャクチャ頑張ればなんとかなりそうだし、実際なんとかなった」という塩梅の良さで言えば、梶原一騎の大リーグボールに匹敵する発明だと思う。

 厳密にルールが適用され、それに従って多少不条理だろうがガンガン人間が死んでいくという『進撃の巨人』の作品世界の中で、最も重要だったのが立体機動装置の設定だろう。なんせ、これがなかったら人類が巨人に対抗する手段は巨大な壁だけだ。防護するだけではなく攻めに転じるための攻撃的な兵器、壁の外に出ていく人類を象徴する武器こそが立体機動装置なのである。しかし『進撃の巨人』のルールは厳密で、ちょっとでも手を抜いたり齟齬があったりすればひ弱な人類は巨人に食われてしまう。だからこそ、立体機動装置の設定は作り込み、「これだったらなんとかなりそう」という説得力を持たせる必要があった。

 この場合、現実に立体機動装置があったとして使用に耐えるかどうかは関係がない。重要なのは『進撃の巨人』劇中のルールをかい潜ることができるかどうかであり、この武器ならやれるだろうという説得力を読者が感じるかどうかだ。一度ルールをかい潜ることができたなら立体機動装置の有効さが証明されるわけで、後はどれだけ漫画的に派手な演出を加えても問題はない。巨人に設定されたルールをクリアして「これは使用者をワイヤーで飛び回らせる武器で、巨人に対しても有効である」という証明が一度できれば、その先は登場人物を自在に飛行させる装置として扱える。現に、後半になればなるほど、立体機動装置を使った動きの描写は派手かつ自由になっていった。だが、『進撃の巨人』という作品のルール内では、それで全然OKなのである。

 物語序盤で定められたルールと設定だけに従えば、人類が巨人に打ち勝つのは不可能である。立体機動装置は、その条件をひっくり返すために必要とされた武器だった。そしてそんな無理を通すためには、緻密な設定と理屈に基づいた(ように見える)ハッタリが必要だったのである。極めて厳密に用意された見事な設定であり、そして同時にとんでもない嘘八百でもあるというこの武器は、フィクションにおいて理想的なバランスを持っていると思うのだ。

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