連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年9月のベスト国内ミステリ小説
道玄坂上ミステリ監視塔:第2回
若林踏の1冊:『八月のくず 平山夢明短編集』平山夢明(光文社)
洗剤CMのような爽やかな表紙とは裏腹に、不条理と暴力と黒い笑いに塗れた短編集だ。表題作はクズ男が語り手を務める乾いた犯罪小説なのか、と思って読んでいたら不意打ちを食らい思わず声を上げてしまった。おいおい、どうしてこうなる。収録作中でベストを挙げるならば「あるグレートマザーの告白」かな。これは底なしの地獄で生きる者たちを描いたバイオレンスな家族小説である。負のスパイラルをとことん突き詰めた果てに生まれる詩情は、平山作品ならではの読み心地だろう。まあ、本当に酷いことがいっぱい描かれるのだけれどね。
藤田香織の1冊:『朝と夕の犯罪』降田天(KADOKAWA)
“お父さん”と一緒に賽銭泥棒や万引きを繰り返し、家もなく学校にも行かず車中泊で放浪を続けてきたアサヒとユウヒ。そんな暮らしが突然終わり、離れ離れになって10年。東京の街中で再会した兄弟は、ある事情から狂言誘拐に手を染める。過去と現在と未来。信じていたものが、見ていたものが、次第に色を変えていくゾワッとした感触がたまらない。切なく脆く悲しい真相でありながらも、読者の頬を弛ませる場面も散見し、その緩急、読み心地の良さが深く印象に残る。シリーズものではあるけれど、前作未読でも無問題。いやこれ、めっちゃ好みです!
杉江松恋の1冊:『死体の汁を啜れ』白井智之(実業之日本社)
白井智之秋の死体祭り。頭を殴られたせいで失読症になった猟奇ミステリー作家と助手の銭ゲバ高校生、深夜ラジオ・マニアのヤクザ、郷土愛が過ぎるせいで犯罪隠蔽をしても屁と思わなくなった刑事とが異常な状態で死体が発見される事件ばかりの謎にぶつかるという連作短編集で、二つ折り、逆さ吊り、マトリョーシカ状態などの死体がばんばん出てきて理詰めでばんばん解かれる。だから、死体と聞いても「どんな形か」にしか関心がなくなるほど感覚が麻痺してくるのだ。もしかすると「屋上で溺れた死体」は某海外古典作品へのオマージュかも。
先月に続いてまたもや6人ばらばら。もしかするとこのまま一度も意見の一致を見ないことになるのでは、という予感がしなくもありません。だが、それもまたよし。来月もまた自分の嗅覚だけを頼りに読むべき作品を選んでいきます。
書評子(掲載順)
酒井貞道……書評家(@haikairojin)
野村ななみ……「週刊読書人」編集(@dokushojin_NN)
千街晶之……ミステリ評論家(@sengaiakiyuki)
若林踏……ミステリ書評家(@sanaguti)
藤田香織……書評家、エッセイスト(@daranekos)
杉江松恋……ライター(@from41tohomania)