『かしましめし』は読むだけで“食事欲”が満たされる? 信頼できる相手と食べる食事の大切さ

“食事欲”が満たす『かしましめし』

 ひとりで食事をしていると、私の場合はどうしても料理が苦痛だったりする。洗い物は極力少なくする知恵は働くのに新しいレシピを探すことが手間だったり、インスタント食品や冷凍食品で済ませたりしてしまうことも多い。そうかと思うと深夜、PCに向かって目に入ったレシピを衝動的に作って、ひとりで黙々と食べることもある。なぜかそんな夜食はちょっぴりしょっぱい味がする。

 こう書いていてしみじみと思う。私はひとりで食事欲を満たすことが苦手なのだ、と。食事欲というのは、私が考えた造語だ。食欲はお腹に溜まって、ある程度の栄養とカロリーが満たされれば「食欲が満たされる」ということになるだろう。食欲だけでは物足りない。食事への欲望。食事欲が満たされなければ、食べるということは虚しい。しかし「食事欲」は違う。「食事を共にする人たちと『楽しく』食欲を満たす」ということだ。

 おかざき真里の『かしましめし』は、読んでいるだけで「食事欲」が満たされる不思議なマンガだ。

「独りで栄養のあるものを食す」ということ

かしましめし(1)
『かしましめし(1)』

 『かしましめし』(祥伝社)のあらすじはシンプルだ。千春、ナカムラ、英治は同じ美大の同窓生。ある日、大学時代の同窓生の自死によって再会した3人。千春の家で食事をすることが多くなり、空き部屋ができた千春のマンションの部屋をシェアすることになる。作者のおかざき真里は『サプリ』(祥伝社より全10巻)で等身大の働く女性を描き、同作品はドラマ化もされた。そして先日まで「月刊!スピリッツ」(小学館)で『阿・吽』を連載していた実力のあるマンガ家だ。

 28歳の3人。三者三様に抱える背景は異なってくる。

 千春は独身で厳しい社風とハラスメントで離職をしたばかり。自分が憧れていた会社に入ったのに、なぜ仕事ができないのだろう、そんな自己嫌悪に苛まれる日々を過ごしていた。そしてナカムラと英治との再会をきっかけに、家で飲もうという話の提案をする。

 千春は無駄なことを考えないですむ、料理が好きだ。『かしましめし』でも多くの料理が千春によって作られている。しかし千春はひとりで食事するときはゆっくりと自殺するように、ジャンクフードを食べてしまう。

似合わないと思っちゃうんだよねー 独りでいる自分に栄養あるものって
(1巻より)

 この千春のセリフに私は共感した。千春のように自罰的な意味ではないが、私も「独りで栄養のあるものを食す」ということに矛盾を感じてしまう。栄養はビタミンや食物繊維だけをさすものではないかもしれない。おいしいね、と言いあったり、楽しい話題で笑いあったり。それもまた栄養があるものではないだろうか。

 ナカムラは仕事が好きでキャリアを順調に重ねてきた。しかし不本意な社内異動を迫られた。千春や英治と食事をしているときのナカムラの竹を割ったような潔い物言いはとても清々しい。

 英治もまた半ば不本意なかたちで営業職をしている。英治はゲイでふらふらとしている彼氏がいる。デザイン畑にいたが、営業という職場でホモフォビックな発言に晒されることも多い。その苦労を見せず、ミュージシャンのライブで涙してしまう純朴なところもあり、可愛いらしい男性だ。

 千春、ナカムラ、英治はシェアメイト・友人同士だが妙な馴れ合いはなく、意見を率直に言いあえる仲だ。そんな優しいひとたちに囲まれて、美味しくない食事をとりたいとは思わないだろう。

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