児童虐待、介護、毒親……本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』は“誰にも届かない声”を拾う

“誰にも届かない声”を拾い本屋大賞受賞

 町田は、2016年、『カメルーンの青い魚』が「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞しデビューする。本作『52ヘルツのクジラたち』は、その『カメルーンの青い魚』を含む連作短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮文庫)の5編を執筆中に構想され、数年の時を経て、4冊目になる初の長編小説として執筆されたものである。そのため、物語としては連なってはいないが、小さな街で、あまりにも過酷な過去と心の傷を負いつつも、日々を一生懸命に生きる人たちの人間模様が、美しい海の情景と共に描かれる様は共通しており、それらは見事にひとつながりになっているように感じる。

 児童虐待、介護、毒親、トランスジェンダーと家族の不理解といった、現代社会を取り巻く様々な問題が描かれると共に、貴瑚や母親が囚われる、祖母から続く女三代の血と業を巡る物語もまた濃厚に描かれる。

 人というのは時折、どうしようもなく愚かになってしまう時がある。一度アンさんはじめ複数の人の無償の愛の力を借りてなんとか浮上したにも関らず貴瑚は、自らその手を拒んでしまう。純粋な愛と真実が、必ずしもその人を救うとは限らず、彼らが求め続ける「魂の番」を見つけることはそうそう容易くない。期待することを諦めたような少年の顔。一度浮上してもまた沈みを繰り返す貴瑚の人生。

 深い、深い海の底に沈んでいくようなヘビーな物語の先に、どうしても辿りついてほしい1ページがある。238ページ目に広がる、あまりにも美しいワンシーン。全てはこの場面のためにあったと思えるような瞬間である。この物語が、多くの「52ヘルツのクジラ」たちに届きますように。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『52ヘルツのクジラたち』
著者:町田そのこ
出版社:中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/special/52hertz/

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