『九龍ジェネリックロマンス』ラブストーリーの背後にある謎とは? SF漫画としての魅力に迫る

『九龍ジェネリックロマンス』SF的魅力

 2010年代後半頃から、韓国や台湾といったアジア圏で、シティ・ポップブームが起きていて、山下達郎や竹内まりやといったミュージシャンが80年代に発表した楽曲が再評価されている。YouTubeに上がっている外国の方が編集したらしきシティ・ポップの動画を見ていると『きまぐれオレンジロード』や『カウボーイビバップ』といった80~90年代の、まだデジタル着色化される以前のアニメ動画に80年代の楽曲が重ねられている。

 その様子は、それらのアニメや音楽の作られた文脈を知っていると、とてもちぐはぐな組み合わせに見えるのだが、一方でその集合体として現れる曖昧模糊とした80~90年代の日本にはなんとも言えない奇妙な魅力があり、なるほど、今のアジア圏からは、当時の日本は憧れと誤解込みでこういう世界だと思われていたのかと驚いた。

 長い前置きとなったが、眉月じゅんが「週刊ヤングジャンプ」で連載している『九龍ジェネリックロマンス』(集英社)を読んでいると、アジア圏で起きているシティ・ポップブームが醸し出す奇妙な懐かしさと似た手触りを感じる。事故で手足を切断した患者が、あるはずのない手足の痛みを感じることをファントムペイン(幻肢痛)と言うが、本作に感じる感情は、存在しないはずの懐かしさ、ファントムノスタルジーと言えるのかもしれない。

 舞台は香港の九龍地区。不動産店「旺来地産公司」の事務職として働く鯨井令子は、同僚の工藤発に対してほのかな恋心を抱いていた。

 第一巻冒頭は、眉月の出世作となった恋愛漫画『恋は雨上がりのように』(小学館・全10巻)を思わせる男女の淡いやりとりが九龍の街を舞台にした少女漫画風のラブストーリーとして進んでいくのだが、やがて鯨井は、ある違和感を抱くようになる。

次ページより、ネタバレあり。

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