『2016年の週刊文春』著者・柳澤健が語る、文春ジャーナリズム の真髄「権力に立ち向う数少ないメディア」

『2016年の週刊文春』著者インタビュー

昔の文春は3年で異動

――花田紀凱さんの人物像は興味深かったです。

柳澤:花田さんは、僕にとって最愛の上司。いまの花田さんは体制べったりのネトウヨだと一般には思われてるかもしれないけど、それは実像ではない。僕は、『週刊文春』編集長当時の花田さんがどれほど凄かったのかを書いたつもりです。リーダーとはどういうものか、週刊誌の編集長がどのような決断を迫られるか。ただ、僕から見た花田さん像だけだと客観性がないので、周辺の人たちからの話も聞いて、立体的に書いたつもりです。

――「編集者」としては、まさに天才ということが伝わってきました。

柳澤:花田さんは人とは違う考えを持っている人間、変なことをやるヤツを面白がってくれるし、そういう人を探し出す目利きだった。僕自身、花田さんから「天才」とか「文章が巧い」って褒められたから、それでうれしくなってこの仕事を続けてこられたという面があります。僕が「小林久美子」というペンネームを使って皇室記事を書くと、花田さんはいつも面白がってくれましたね。

――編集部に小林久美子宛にラブレターが届いたというエピソードは面白かったです(笑)。

柳澤:写真付きでね(笑)。50代のおっさんで、バックにはシクラメンの鉢が並んでました。何考えてたのかなあ(笑)。ただ、最近気がついたんですけど、僕の師匠は橋本治だから『小林久美子 高校三年生』というのは、『桃尻娘』から来てるんじゃないかなって。僕の『1976年のアントニオ猪木』が文庫になるときに「完本 1976年のアントニオ猪木」ってつけたんだけど、ツイッターで「これは橋本治の『完本 チャンバラ時代劇講座』のオマージュであろう」と指摘されて、確かにそうだと思った。僕自身はまったく意識してなかったけど。僕は橋本治の影響を本当に深く受けているんです。自覚できないほどに。


――花田さんに限らず、週刊誌編集長としての責任の重さは凄いものがあるんだなって思いました。

柳澤:1990年代前後の花田週刊は、広告費だけで1号1億円くらい。部数も80万部近く出てたから売り上げも大きかった。一方で、取材経費は無尽蔵にかけたから、毎週のように大博打を売ってるようなもの。特に文春はヘアヌードに逃げなかったから、権力に立ち向かっていくしかない。花田さんは政治、経済のような硬いテーマと、芸能のような柔らかいテーマを両方うまく扱うスーパーな編集長です。

――本を読んではじめて知ったんですが、文藝春秋という会社は異動が多く、編集部や体制がどんどん変わっていくんですよね。

柳澤:そうですね。たとえば新潮社はほとんど異動がない。入社してから、定年までずっと文芸部という編集者がゴロゴロいるわけだけど、昔の文春は3年で異動です。最初の年はわけもわからず動き、2年目はやりたい放題。3年経ってちょっと飽きた頃に異動(笑)。だから、たとえば作家とのつきあいは、新潮のほうが明らかに深い。20年つきあってる人と、この前挨拶に来たヤツのどちらに原稿書くかっていったら答はあきらかでしょう。それでも文春は社風として人を動かし続けた。だからこそ活性化して明るくなっている部分もあるでしょうね。

――担当しているものだけでなく、会社全体をみるというか、愛社精神が強くなりそうな気がします。

柳澤:現場の人間からしてみたら、配属されて1年目は仕事を覚えるのに必死。2年めはバリバリに働く。そして3年めにはちょっと仕事に飽きてくる(笑)。そこで異動すれば、新しい空気を吸えるし、机を並べる相手も変わる。文春の風通しの良さや明るさは、そういうところから出てるかもしれない。

――それは会社として意図的にやっていたことなでのでしょうか?

柳澤:わかりません。歴史としてそうなっている。編集者を育てるという意味ではメリットも大きいんですよ。たとえば、僕が週刊文春のグラビア班にいた時、90年のイタリアワールドカップに「取材に行かせてください」って花田さんにお願いして、経費をもらって行かせてもらったことがある。そのあとにNumberに異動するんだけど、編集部にはワールドカップを実際に観たヤツなんていないから、初めてのサッカー日本代表特集もドーハの悲劇の時も初めてのヨーロッパサッカー特集も僕が中心となって作った。

 Numberのあと、僕は出版部に異動になったけど、イタリアワールドカップ以来の知り合いである後藤健生さんの『サッカーの世紀』という本を作った。僕には“文春サッカー本の父”という異名もあるんですよ(笑)。花田さんにワールドカップに行かせてもらったことで、文春でサッカーという文化を持ち込むことができた。そもそも花田さんがそういう考えだったんでしょうね。編集者を外に出せば、勝手に何かを拾ってくる。その経験や人脈は結局は会社のためになる、と。

――花田さんの意向でもあったんですね。

柳澤:でも逆に言うと花田さんは横並びで組織をまとめようとしないから、愛されてない人たちは不満を持ったでしょうね。こいつは面白いと思えば重用するけど、重用されない人たちもいるわけだから。花田さんはスターだから、嫉妬する人も多かった。そういう負のエネルギーが社内に溜まっていて、花田さんが退社することにも繋がってると思う。

――記事が問題になっただけじゃなく、花田さんへのジェラシーもあったからこその退社劇に繋がった。

柳澤:文春だって、面白い人ばかりではない。むしろ普通の人の方が圧倒的に多い。花田さんみたいな感覚の人は排除されてしまうんでしょうね。上層部というか、立場が上の人が花田さんを見れば、また違うだろうし。私はエラい人になったことがないからわからないけど、権力を持つ人からみたら花田さんが疎ましかったのかもしれない。

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