『【推しの子】』『女の園の星』『怪獣8号』……マンガ大賞2021を受賞するのは? ノミネート作を一挙解説
それは、山田鐘人原作、アベツカサ作画『葬送のフリーレン』(小学館)も同様だ。「週刊少年サンデー」で連載されているが、同時にネットの「サンデーうぇぶり」を通して展開を追っていける。
魔王を倒したパーティの一行にあって、ひとり不老のまま長く生きてきた魔法使いのフリーレンが、パーティ仲間の勇者や僧侶を失った後で、人間には寿命があって離別が避けられないことに気づく。切なさを感じさせる設定だが、一方で僧侶や戦士の弟子をパーティ仲間に加え新たに始めた旅で、フリーレンがさらすポンコツぶりが楽しめる。読めば分かる面白さに、ネットから手軽にアクセスできることで口コミにドライブがかかって人気作となっていく。そんな傾向が、今回のラインナップから漂ってくる。もちろん、そうした作品ばかりではない。
「別冊少年マガジン」に連載された田島列島の『水は海に向かって流れる』(講談社)は、『SPY×FAMILY』と同様に2年連続のノミネートだ。直達という少年は父親、榊さんという女性は母親が、どちらも不倫の状態で駆け落ちした過去を持つ2人。それと知らず同じ下宿先で出会い、事情を知ってお互いに気まずさを感じる一方で、関心を抱き合うようになる展開は、普通ならドロドロとした情念にまみれたものとなる。そこを、田島列島ならではの、ほのぼのとした描線のキャラクターや背景が中和して、忌避感を抱くことなく物語に入っていける。
漫画家としては前年の『夢中さ、きみに』(KADOKAWA)に続くノミネートだが、今回はまったく別の作品で、『女の園の星』(祥伝社)と『カラオケ行こ!』(KADOKAWA)がそろってノミネートされるという、マンガ大賞始まって以来の事態になったのが和山やまだ。女子校で教師をしている星が、生徒の漫画制作の相談にのったり、校内で犬の世話をしたりする『女の園の星』の展開も、合唱部の少年がヤクザにカラオケ指導を頼まれる『カラオケ行こ!』も、日常と大きくは外れていないものの、どことなくおかしさを感じさせるシチュエーションを巧みに選んで描き、評判を呼んでのノミネートとなった。
マンガ大賞2019に続くノミネートとなった鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』も、75歳にしてBLに出会いハマってしまった老婦人が、58歳も離れた女子高生と仲良くなり、サイン会に行ったり、同人誌即売会に出たりするようになるという、興味を誘うシチュエーションを用意。そこで繰り広げられる、年齢差を気にさせない交流の素晴らしさを見せてくれた。どうしても生まれてしまう遠慮の気持ちがズレをもたらすこともあるが、完結まで続いた2人の交流が、穏やかな読後感をもたらしてくれた。
最後の1冊は、魚豊『チ。地球の運動について』(小学館)。ガリレオ・ガリレイが「それでも地球は動く」とつぶやいたという逸話で知られる、中世の教会による地動説の弾圧をテーマにした作品で、少年から修道士からさまざまな人物が出てきては、教会の弾圧や追求を受けながらも、地球が動いている可能性に迫っていく歴史漫画だ。
マンガ大賞は、選考委員がこれらの候補作のすべてを読んだ上で、1位から3位まで選んで投票。最も多くポイントを得た作品が受賞作に選ばれる。どの作品が大賞に輝くかを想像しつつ、自分なら何を選ぶかを読んだ上で考えてみよう。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。