『ゆびさきと恋々』はなぜ共感を呼ぶのか? “手話”で描き出す繊細なラブストーリーの魅力

『ゆびさきと恋々』が読者を魅了する理由

『ゆびさきと恋々』(2巻)

 また、“手話”を漫画に落とし込む巧みさにも注目したい。雪は、基本的に手話と口話(口の動きを読み取るもの)、テキストメッセージや筆談で会話をする。口話は同じ母音が続く場面だと読み取りづらいことを表すために文字を傾けている場面もあり、雪がどのようにその言葉を受け取ったのかや、コミュニケーションの流れが読者に伝わる工夫が施されている。

 第2巻では、マキロ氏が手話協力者にセリフに当てはまる手話を教えてもらい、メモをとった上で動画をなちやん氏に送り、そこから使う単語を選び、漫画に落とし込んでいることが明かされている。執筆前には、リサーチのために九州まで足を運んだそうだ。そうやって丁寧に作り上げているからこそ、“手話”は特別なものではなく、あくまで会話の手段のひとつなのだと感じられるし、雪の世界を見ている感覚になれるのだと納得した。雪を身近な存在だと感じながら彼女の世界を“読む”ことで、読み終えたあと、世界が少しだけひらけたような気がするのだ。

 本作がいわゆる単なるラブストーリーと違うのは、そんな、読者の世界を広げてくれるところにあるのだろう。日々を過ごしていると、友人や恋人という、親しい関係性でさえもひとつの枠に当てはめがちだ。「◯◯はこういう人だから」「◯◯とはこう接しよう」……といったように。ひとりの人間のなかにさまざまな一面があることは、当たり前なことなのにも関わらず、つい見過ごしてしまうものなのだと、本作を通じて再認識させてもらった。

 雪にまなざしを向ける逸臣も、幼馴染の桜志も、雪のなかにあるさまざまな一面を捉え、受け止めている。それぞれの想いや心の動きを丁寧に伝えようという姿勢は、“手話”の描写に限らず一貫している。そんな本作だからこそ、読者の心は引き込まれるのだと思った。『ゆびさきと恋々』はすでに第3巻まで発売されており、第4巻の発売は2021年3月に予定されている。“手話”をはじめとした対話を通して、雪と逸臣の距離がどのように縮まっていくのか、そして、周囲との関係性はどうなっていくのか、見届けたい。

■高城つかさ
1998年、神奈川県出身。【言葉と人生】をキーワードに主にエンタメ、暮らしを切り口に人生について考えている。好きな場所は劇場と本屋。
Twitter:https://twitter.com/tonkotsumai
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