『SPY×FAMILY』、なぜ「ジャンプ+」の看板作品に? 異色のホームコメディに溢れる幸福感
第6巻では、ロイドがスパイの〈夜帷〉ことフィオナ・フロストと共に、資産家のキャビー・キャンベルが所蔵する絵画『日向の貴婦人』を手に入れるため、(キャンベルを中心とした)闇のテニスクラブが主催する地下テニス大会“キャンベルドン”に出場することとなる。
「日向の貴婦人」の中には、東国と西国の間に「再び戦火を起こす火種になるために闇に葬られた」と言われている機密情報・ザカリス文書の隠し場所のヒントが隠されていると噂されている。
優勝者にはキャンベルの美術コレクションの中から好きなものをひとつ与えられると知った2人は、地下テニス大会に(夫婦として)エントリーするのだが、大会には元プロ選手が出場しており、薬物注射によるドーピングも反則もOKという「何でもアリ」のものだった。
第5巻から登場したフィオナは、ロイドに仕事を教えられた弟子筋のスパイだ。ロイドの家を訪ねたフィオナは、ヨルに対し冷たく、重たい空気になるが、心が読めるアーニャは、フィオナがロイドを好きなことを知って愕然とする。
アーニャがフィオナの心を覗く場面は、大ゴマを多用した見応えのあるものとなっている。ヨルの弟・ユーリがヨルに対して見せるシスコン的な振る舞いもそうだが、この漫画で描かれる片想いの感情は描写が極端で笑えるのだが、狂信的なところがちょっと恐ろしくも感じる。
5巻でロイド宅に、フィオナが訪ねてくるエピソードが面白いのは、登場人物全員がみんな勘違いして、あさってのことを考えていること。心が読めるアーニャだけは全員が考えていることを把握しているのだが、彼女は子どもで思慮が浅いので、状況を整理することができない。だから話はどんどんこんがらがっていく。
ロイドを筆頭に全員が正体を隠している本作は基本的に全員、嘘をついて本音を隠しているのだが、その状態がアーニャの目を通して読者にはダダ漏れとなっている。だから巧みな心理戦をおこなっているように見えても、全員がとんちんかんなことをしていておかしいというのが、コメディ作品としての『SPY×FAMILY』の魅力である。
もう一つの大きなエピソードは、終盤に展開されるアーニャが通うイーデン校の懇談会。ついにロイドがデズモンドと接触するのだが、物語は2人が対面したところで次巻へ続く。続きの気になる「引き」だが、こういったメインのストーリーも気になるが、脇に寄り道して本筋とズレた時も、本作は楽しい。
たとえば6巻には、アーニャが友達のベッキーとショッピングに行く場面があるのだが、2人が洋服を試着する姿をファッション雑誌のように見せている。このような遊び心のある見せ方が生み出す幸福感は本作ならではのものだろう。登場人物が楽しそうにしていると、こっちも楽しくなる。読む度にしあわせな気持ちになる漫画である。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
『SPY×FAMILY』1〜6巻
著者:遠藤達哉
出版社:株式会社 集英社
価格:本体480円+税
https://www.shonenjump.com/j/rensai/list/spyfamily.html