文芸誌が向き合った〈2020〉 小説に取り込まれる世界の変化

文芸誌が向き合った〈2020〉

 2020年、新型コロナウィルスの世界的流行に伴い、あらゆるジャンルの営みが直接的/間接的に多大なる影響を受けた。文学も例外ではない。

『文藝』夏季号(河出書房新社)
『文藝』夏季号(河出書房新社)

 まっさきに緊急特集を組んだのは、4月発売の『文藝』夏季号(河出書房新社)と記憶している。「アジアの作家は新型コロナ禍にどう向き合うのか」と題した特集を通じ、中国の閻連科、台湾の呉明益、タイのウティット・へーマムーンなど、アジア各国の作家から変わりゆく生活の報告が届けられた。

 1カ月後の6月(5月発売)号になるとそのほかの文芸誌でもコロナ禍にかんする特集や創作、論考が掲載されはじめる。

 たとえば、『新潮』(新潮社)6月号は、特集「コロナ禍の時代の表現」を組んでいる。掲載されたのは、心の支えだったバンドのライブが公演中止になり、絶望する男女を描く金原ひとみ「アンソーシャル ディスタンス」。延期した東京五輪の裏で動く「地球温暖化研究会」の作戦を描いた鴻池留衣「最後の自粛」など。創刊50周年の『すばる』(集英社)は、7月号に中沢新一の論考「コロナをめぐる三つの瞑想」を掲載した。続く8月号では特集「ウィルスとの対峙」、9月号でも特集「表現とその思想、病をめぐって」が組まれ、広義の「病」と「表現」「思想」の関係が議論されている。同様に『文學界』(文藝春秋社)もまた、7月号で特集「疫病と私たちの日常」、8月号で特集「"危機"下の対話」を組み、円城塔・小川哲の対談「いまディザスター小説を読む」などを掲載する。

『群像』11月号(講談社)
『群像』11月号(講談社)

 直接的な特集が多いなか、『群像』(講談社)の11月号が企画した創作特集「密室」は、少々異なる角度からのアプローチで目立っていた。上田岳弘や谷崎由依をはじめ、いわゆる「自粛期間」に不可避的に向き合わされた「部屋」という空間をテーマに刺激的な創作が掲載されている。

 そうした雑誌全体の動向とはべつに、個々の作家たちも作品に世界の変化を取り入れていく。

 小林エリカ「脱皮」(『群像』6月号)は、感染すると「ことば」が奪われるウィルス「DAPPI」が蔓延する世界の話だ。松田青子「斧語り」(『群像』8月号)では、ウィルスの流行が「ゾンビ」のイメージを借りて語られる。藤野可織「先輩狩り」(『文藝』秋季号)では、コロナ対策の名目のもとで「女子高生」が政府主導の最悪の施策の被害者となる。思えば、長嶋有「ゴジとサンペイ」(『群像』8月号)のラストで送られてくる2枚のマスクも、今年ならではのアイテムである。笙野頼子は「引きこもりてコロナ書く」(『群像』10月号)で、そのマスク=「魔巣苦」を「呪い」と呼び、呪い返しに奮闘する。先日発表された第164回芥川賞候補の乗代雄介「旅する練習」(『群像』12月号)でも「臨時休校」という2020年的トピックスがストーリーの発端に置かれていた。辻仁成の恋愛小説「十年後の恋」(『すばる』8・9月号)では、パリで暮らす「私」=マリエがじっさいに新型コロナウィルスに感染する。

 ことほどさように、世界の変化が小説に取り込まれつつある。日々報道される感染状況を見るかぎり、今後もウィズ・コロナ(/ポスト・コロナ)の小説は書かれるのだろう。

 とはいえ、誌面が新型コロナ一色だったわけではない。

『文學界』11月号
『文學界』11月号

 『文學界』で話題を呼んだのは、総力特集「JAZZ×文学」(11月号)だった。同社が刊行した村上春樹『一人称単数』(20年)と連動しつつ、筒井康隆の創作や、山下洋輔・菊地成孔の対談が掲載されている。誌上で触れられる楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyで聴ける試みも好評だったという。

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