トランプ政権はアメリカ社会に何を残したのか? 久保文明氏と金成隆一氏に訊く

『アメリカ大統領選』著者インタビュー

根が深いアメリカの分断状況は簡単に解決しない

――その先に出てくるのは、やはり「分断」というキーワードになると思うのですが、2016年のときに比べて2020年は、その「分断」がさらに深まったと思いますか。それともある程度解消されるほうに向かっているのでしょうか。

久保:今回の選挙の票の出方などを見ていると、私自身は、トランプ支持者の勢いが弱まっているという感じはしないです。最終的には負けましたけれど、トランプに入れた人の数というのは、2016年よりも増えていますから。もちろん、民主党のほうも今回は相当頑張って票の掘り起こしをしたので、8000万を超える票を獲得したわけですが、トランプも今回7000万以上の票を獲っているわけです。

 その「分断」というのは、必ずしも「民主党対共和党」という対立だけではなく、「エリーティズム対ポピュリズム」のような対立軸もあって、そう考えるとトランプ支持者に対する彼の影響力はまだまだ強いと思います。

金成:分断が弱まっている、あるいは修復されているとはまったく感じられません。ただ、今回大統領に選ばれたバイデンは「ザ・ど真ん中」と言っていい人だと私は思っています。民主党の中でも穏健派で、なおかつ上院議員として共和党の政治家ともちゃんとパイプを作ってきた人なんです。バイデンは「自分に投票した8000万人だけの大統領ではない」というメッセージを打ち出してきましたが、それをどこまで説得力のある形で実現し、分断を修復していくのか、そのリーダーシップには注目したいです。

久保:ただ、大統領が「ひとつのアメリカ」と語るだけで、根が深いアメリカの分断状況が簡単に解決するわけではないとは思います。特に、白人警察の暴力に対して、黒人が抱えている怒りとかですね。警察解体論とか警察予算の削減という話もあるようですが、それには白人が絶対に反対するでしょうし、あるいは過去の奴隷制について謝罪と補償をしろという要求も、黒人社会は持っているわけです。人工妊娠中絶の話もそうですよね。もちろん、上に立つ人が、どういうふうに国民に語るのかは大事ですし、それは一定の違いをもたらすと思います。トランプはその亀裂をさらに拡大するかのように国民を煽ってきたけれど、バイデンは彼自身の政治的な立場はともかく、それを少しでも癒す方向で考えるのではないかという気がしています。

金成:これはオバマも選挙中によく言っていたことですが、やはり「文句があるなら選挙に行け」なんですよね。今回の選挙では、実際に投票に行った人が多かったわけで、トランプに投票した人が前回より1千万人も増えたけれど、トランプ政権に二期目があってはならないのだという思いで投票した人は、それよりももっと多かった。よく、アメリカ社会には「復元力」があると言われますが、政治に不満があるなら投票に行って合法的に政権を変えよう、政治を元に戻そうとする力は、今回もちゃんと示されたと思います。

――いずれにせよ、コロナ禍の状況にあっても、これほどまでに多くの人々が政治参加の意志を持ったことは、必ずしも悪いことではないと。

久保:そうですね。トランプ大統領のふるまいには、公私混同だったり発言の不正確性だったりといった倫理的な問題があると思いますし、そういう人が権力の中枢に座ってしまったのは、かなり危険な状況だったという気がしますが、民主的な方法によってそれを覆すことができるのも、アメリカという国がもつ奥行きなのだと思いました。

――そういう意味では、一応、アメリカ民主主義の体裁は保ったということですね。

久保:はい。それにトランプ現象のすべてがマイナスであったとは思わないですし、トランプがやった対中政策の一部には、興味深い部分もありました。また、2016年にトランプを当選させたのは、それまで注目されることのなかった人々、特にオハイオの白人労働者階級などだったわけですが、アメリカ社会全体が彼らの状況に目を向けるようになったのは、トランプの功績と言えるでしょう。危険な実験ではあったと思いますが、アメリカの共和制が簡単に倒れるようなものではなく、強靭で復元力があったということも示された。

金成:トランプ政権下で、それまであまり注目を集めることのなかったエリアに住んでいる人、斜陽の産業に就いている人に光が当たったという側面は、やはり間違いなくあると思います。バイデンは、そういうミドルクラスの人たちの利益にもなるような政治をすると言っていますが、そのような考え方は民主党側が「トランプショック」を経て、改めて学んだことだったのでしょう。トランプ支持者たちの言い分が正しいか否かとは別に、ミドルクラスへの配慮は必要で、それが政治的な安定性を生むと。バイデンが具体的にどのような政策でトランプ支持者たちにも訴えていくのか、その展開は本当に興味深いところです。

■書籍情報
『アメリカ大統領選』
久保文明  金成隆一 著
出版社:岩波書店
出版年月:2020年10月
ISBNコード 9784004318507

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