加藤シゲアキ『オルタネート』は新時代の青春小説の傑作だーー物語は想像を超える感動へ

加藤シゲアキ『オルタネート』書評

 「オルタネート」はマッチングアプリとしての役割だけでなく、重要なコミュニケーションツールとして、高校生たちの日常になくてはならない存在である。それがなければ、彼らは人との距離の取り方さえ分からないのではないかと感じるほどの依存ぶりだ。誰かと関わるために実に手っ取り早い、便利な手段を手に入れた現代は、高校生だけでなく、大人たちにとってもだが、過度に決断を委ねることで自分自身の決断力を弱め、実際に会うというアクションを制限し始めるのではないかという危惧もある。

 だが、幸いにも、「オルタネート」は彼らにとって、きっかけにすぎなかった。「恋なんてしたくない。私が私じゃなくなるのが怖い」と何度も言う蓉。自分の直観を恐れ、「オルタネート」に全てを委ねる凪津。でも、「オルタネート」が常に「運命の人」に導いてくれるかというとそうとは限らず、波津は遺伝子解析という方法にのめり込むことで、どんなに忌み嫌っても逃れられない自分自身の親からの遺伝と向き合うことになるし、「一番高い確率」でマッチした相手に会うことで、自分自身の嫌な部分とも向き合うことになる。

 探している人が「オルタネート」の中にいないということを原動力に、実際に会って繋がろうとする尚志たちもいる。

 彼らは「オルタネート」をきっかけに、「オルタネート」の外の世界に飛び出していく。「出会うことが大事なんじゃなくて、出会った後が大事」(『波』2020年12月号,新潮社)と加藤が言及するように、偶然、あるいは必然的に、自分を変えてくれる「運命」の誰かに出会うことで、悩み葛藤しながら、自分自身が変わっていく。変えられていく。各々の世界で必死に生きていた彼らの日常がちょっとずつ折り重なり、葛藤を越えて、やがてそれぞれが誰かを思う感情がスパークする「祝祭」となる時、そこには、想像を超える感動が待っている。

 青春はいつの時代も変わらない。本書の中で「アスベスト問題」が盛んに取り上げられた頃学生だった加藤と同世代の、かつての高校生たちにも目配せしているかのように思われる「アスベスト」に関する記述の後に、「一度初めてしまったらもう元通りにならないことはたくさんある。後戻りできないことだらけだ」という実感があるように。いろいろな「現代」を示す符号を取っ払った先には、かつて誰もが経験したことがある、「まだ何者でもない」という不安と、無限の可能性に満ちた、あの頃の自分がいる。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『オルタネート』
著者:加藤シゲアキ
出版社:新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/alternate/

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