化粧は“枷”ではなく、なりたい自分への“鍵” 『だから私はメイクする』が伝えること

化粧は“枷”ではなく、なりたい自分への“鍵”

 メイクへの関心や美意識を花開かせてくれたのは、思春期に触れたマンガやアニメだった。たとえば、CLAMPの『東京BABYLON』。皇北都が主役を務める「SMILE」というエピソードで、彼女はポケットから取り出したシャネルの口紅を惜しげもなく使い、地面に結界を描いて外国人の少女を助け出す。その瞬間からシャネルの口紅は、かっこいい女の子を象徴するアイテムとして私の心に刻まれた。

 そして「メイクアップ!」の掛け声で始まる、アニメ『美少女戦士セーラームーン』の変身シーン。とりわけウラヌスやネプチューンら、外部太陽系戦士の魅惑的な姿にときめいた。青や紫などの寒色系マニキュアで彩られた美しい指先や、つやめくリップは、自分が理想とする美や強さの方向性を自覚させてくれたのだった。

 また、90年代に思春期を過ごした者として、どうしても触れておきたいコスメブランドがある。「メイク魂に火をつけろ」というコピーを掲げ、1997年に誕生した資生堂の「ピエヌ」の出現は、まぎれもない“革命”だった。30色発売された口紅の展開に黒リップが含まれるなど、とりわけ初期の攻めたラインナップや尖った広告は、当時17歳だった私の心を揺さぶった。

 メイクとは自分自身のためのものであり、固定観念を打ち破れと、ピエヌはメイク用品のPRを通じて強烈に発信していたのだ。あの広告を目にした時の衝撃と喜び、そして胸の高ぶりは、今でも鮮明に覚えている。と、メイクにまつわる筆者の個人史から本稿を始めたのには理由がある。というのも、ここで取り上げる劇団雌猫の『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』(柏書房)に登場する女性の言葉は、読む者自身の記憶や自意識を刺激し、思わず自分語りをしたくなってしまうような誘惑的な魅力に満ちあふれているのだ。

 劇団雌猫とは、平成元年生まれのオタク女4人組(ひらりさ・かん・ユッケ・もぐもぐ)によるユニットである。2016年に刊行した同人誌『悪友vol.1 浪費』が好評を博し、2017年に『浪費図鑑ーー悪友たちのないしょ話』というタイトルで小学館より商業出版されてヒットする。その後も劇団雌猫は多数の著作を刊行し、現代に生きるオタク女性の消費と欲望のありようを多様なかたちで捉え続けている。その活動が多方面に与えた影響の大きさは、話題となった『ユリイカ』2020年9月号の特集「女オタクの現在」における劇団雌猫、とりわけ『浪費図鑑』への言及の多さからもうかがえる。

コミカライズ『だから私はメイクする』

 今回取り上げる『だから私はメイクする』は、『浪費図鑑』同様、同人誌から商業出版へという展開をたどった作品だ。本作はメディアミックスも多岐にわたり、劇団雌猫原案・シバタヒカリによるコミカライズが刊行され、また10月からはドラマ放映も始まった。記事の後半でメディアミックスにも触れるが、まずは原点となる柏書房版を見ていきたい。

 『だから私はメイクする』は美意識調査をテーマに掲げ、メイクやファッションを対象とした語りを通じて、オタク女性の自意識に迫る。メインとなるのは、総勢15人のオタク女子による寄稿記事。「あだ名が「叶美香」の女」、「指先にファンタジーを描く女」、「会社では擬態する女」、「アイドルをやめた女」、「ドバイで奮闘する女」など、ひとくちにオタク女子といってもその境遇はさまざまだ。ほかにも513人から回答を集めた美意識のアンケートや、劇団雌猫メンバーによる座談会、さらにはコスメフリークとして有名なフリーアナウンサーの宇垣美里、『美容は自尊心の筋トレ』などの著作で知られる美容ライター・長田杏奈のインタビューも収録されている。

 本書で語られる価値観は一様ではなく、その言葉に限りなく共感する人もいれば、思わずのけぞってしまうようなエピソードも登場する。読み口はさまざまだが、好きなものを語る熱量の高さは一貫しており、文章から漂う独特の熱っぽさが心地よい。その語りに身をゆだねているうちに、いつしか先入観が解きほぐされ、「まるで「枷」のように感じていたコスメや洋服が、なりたい自分への扉をひらく「鍵」」であるのだと、認識を新たにすることができる。

 オタク女性の美意識に多面的にフォーカスした書籍版と比べ、派生のメディアミックスはテーマを「メイク」に絞り込み、化粧を通じた人間ドラマを展開する。

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