『異世界迷宮でハーレムを』はいかにして「なろう」の古典となったか?

『異世界迷宮でハーレムを』を考察

 Googleの検索フォームに「異世界迷宮でハーレムを」と入れると、連想検索に「異世界迷宮でハーレムを 打ち切り」と表示される。

蘇我捨恥『異世界迷宮でハーレムを(1)』

 蘇我捨恥『異世界迷宮でハーレムを』は「小説家になろう」に「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」というタイトルで2011年4月から連載され、12年12月からヒーロー文庫で書籍化、17年から「月刊少年エース」でコミカライズが始まり、いずれも人気を博している。

 つまり「打ち切り」が連想検索上位に表示されるのは、人気がないからではない。逆だ。「読みたい」と思っている人が多いのに「なぜマンガの続きが出ないんだ」という飢餓感ゆえだ。

 2020年8月末に待望のコミカライズ6巻が刊行され、Amazonのコミックランキング総合で1位となったこのタイミングで、改めて紹介してみよう。

異世界転移した少年が女奴隷を買う

 『異世界迷宮でハーレムを』はいわゆる「異世界チーレム」(異世界転生・転移ものでチート+ハーレム)の代表的な作品として挙げられることが多い。

 自殺志願者の高校生が、新しいゲームだと思って初期ボーナス値が最大の+99になるまでくりかえしリセマラして飛び込んだ世界で冒険者として活動し、美女の奴隷を買って昼も夜も行動をともにしながら、徐々にパーティ人数を増やし、探索範囲を広げていく過程を丁寧に描いていく。

 もっとも、主人公はその世界の人間に使えないスキルを多数保有しているが非常に慎重派で、「チート」と呼べるほどの能力かは微妙なところだ。女奴隷を買い集めてつくったパーティははたして「ハーレム」なのか(男が多数の女性に言い寄られることをもって「ハーレム」と呼ぶのであれば)、というツッコミもある。

 ともあれ、このジャンルが大きく伸びた時期に生まれた典型的な(というより、規範的・模範的と呼ぶべきかもしれない)作品だ。

 あのころ書かれていなければ生まれえなかった――今からでは書けないだろうし、書いても人気になれたかわからないタイプの――ド直球ぶりが魅力の作品でもある。

2010年代初頭の「なろう」の空気

 連載開始時期は2011年春。

 「なろう」発でアニメ化もされた人気作品の連載開始時期を見ると『魔法科高校の劣等生』が2008年、『ログ・ホライズン』や『ナイツ&マジック』が2010年、『Re:ゼロから始める異世界生活』や『盾の勇者の成り上がり』が2012年、『転生したらスライムだった件』や『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』『本好きの下剋上』が2013年……と書けば、そのころの雰囲気がなんとなくわかるだろうか。

 「なろう」が最初に大きく注目されたのは『魔法科』の電撃文庫版が刊行された2011年夏。Googleトレンドを使って調べると「異世界転生」が検索ワードとして最初に跳ねたのも2011年だった(と言っても検索ワードとしての「異世界転生」は長期的に右肩上がりであり、2020年8月を100とすれば8程度にすぎなかったが)。

 そこからさらに2~3倍の検索ボリュームになるのは2015年から17年にかけてだ。

 このころから「なろう」発の異世界もののTVアニメ化が相次ぐようになった。2015年には『オーバーロード』、16年には『このすば』『リゼロ』、17年には『ナイツマ』等々。

 これによってウェブや書籍で読んでいなかった層にまで「異世界転生・転移」というジャンルの認知が進み、ウェブ小説を超えてマンガなどほかのジャンル・メディアにも影響を及ぼすようになっていった。

 こうなるとウェブ小説の書き手にも新規参入者が膨大に増え、なろうには相当に戦略的に投稿しないと人気を得にくくなった。2010年代前半に書かれ始めたものとは差別化も求められると同時に、ある幅に収まる保守性もなければ支持はされないという難しい傾向が強まっていった。

 どのジャンル、メディア、プラットフォームでも、勃興期から成長期にかけては多様な作品が許容される。実際には死屍累々なのだが、全体が成長しているため、あまり悲観的・閉塞的な空気はない。そうしたさまざまな試行のなかからそのジャンルのなかでクラシック、カノン(古典)とされる有名作品が生まれ、「お約束」(パターン、クリシェ)が形成されていく。

 そして成熟期に入ると、そうしたクラシック、カノンをベースに細分化したニーズに堅実に応える作品が変奏されて支持を得るようになり、全体として俯瞰すると保守的な傾向は強まって見える。勃興期や成長期を謳歌した人間の一部からはやや色あせたものに感じられるようになってもいく。

 現在の「なろう」を成熟期とみなすかは意見が分かれるだろうが、しかし、2010年代初頭にはあきらかに成長期にあった。これは単純に、数字上そうだ、ということではなく、作品の質も含めたある種の空気としてそうだった。書き手にも読者にも期待と可能性が充満していたし、その熱気のなかで傑作が次々生まれていった。

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