『賭博黙示録カイジ』や『賭ケグルイ』にも通じるスリル! 宮内悠介が描くギャンブル文学『黄色い夜』の凄み
第156回芥川賞候補となった「カブールの園」で、アメリカにかつてあった日系人強制収容キャンプを描き、ニューヨークの少年少女が登場する「半地下」を加えた『カブールの園』(文藝春秋)で第30回三島賞を受賞した宮内悠介。第157回直木賞候補となり、SFが対象の第49回星雲賞を受賞した『あとは野となれ大和撫子』(KADOKAWA)では、中央アジアにある架空の国で起こった騒乱を描くなど、世界中を舞台に様々な物語を紡いできた。
そんな宮内悠介の新刊『黄色い夜』(集英社)は、アフリカという地を舞台にして、大金がかかった上に絶対に勝てないはずのギャンブルを、どう突破するかというスリリングな展開で楽しませてくれる物語。そして、混沌と虚無に覆われた世の中で生きる苦しさから、どう抜け出すのかという道を示してくれる物語だ。
芥川賞と直木賞に相次ぎノミネートされるなど、純文学とエンターテインメントの境界を横断する作風が持ち味だけあって、『黄色い夜』でもギャンブルを描き格差を描きといった具合に、ハイブリッドな内容を見せてくれる。アフリカにあってエチオピアから独立した「E国」に、龍一ことルイという日本人の青年が向かっている。砂漠ばかりで作物が育たず原油も出ないE国では、カジノが唯一の産業で、国によって建てられた巨大な螺旋状の塔の中でカジノが営まれていて、世界中から客を集めて繁盛している。
最上階では国王のムトゥラ・ゲブレが自らディーラーとなって挑戦を受けていて、国家予算規模の勝負で彼に勝てばE国を乗っ取れると噂されている。ルイは国王との対決を目指してE国に入り数々のギャンブル勝負を戦っていく。こうしたギャンブル勝負の描写がどれもスリリング。E国で共闘することになるイタリア人のピアッサと旅の途中で繰り広げるブラックジャックはほんの小手調べ。E国に到着早々に乗り込んだ塔の1階で挑んだブラックジャックでは、カードではなく掛け金を細工するテクニックでディーラーを追い込み、近隣のカジノの元締めを紹介してもらう。
その元締め相手の勝負でもルイは、表向きは説教師をしている相手が手に持つ聖書のどの章にナイフを差したかを、3つの質問からものの見事に言い当てる。ギャンブルというよりクイズやゲームに近い勝負。それらを知識と観察と入念な下準備によって突破していくルイの強さは、この後もアシュラフという地元の女性を仲間に引き込むために行った水と電熱コイルを使った賭け事でも、最上階へと向かう最後の関門となる塔の60階でのポーカーでもしっかりと発揮される。
阿佐田哲也や白川道といったギャンブル小説の大家たちに重なるエンターテインメント性を持ったストーリー。漫画なら福本伸行の『賭博黙示録カイジ』や、河本ほむら原作、尚村透作画の『賭ケグルイ』などが持っている、裏の裏のそのまた裏を読んで勝利をたぐり寄せるギャンブルの爽快感を味わわせてくれる。囲碁やチェスといった盤ゲームに関する思索を積み上げ、第147回直木賞候補となった『盤上の夜』の作者らしさも出ている。文芸誌の『すばる』に連載されながらも、エンターテインメント性を持った作品になっているところが、ジャンルを横断する作家としての宮内悠介の特質を示す。
もちろん、「カブールの園」や「ディレイ・エフェクト」で芥川賞候補に挙げられる作者ならではの、現代社会をメスで切り、爪でえぐるような思索もある。ルイがE国を乗っ取りたいのと考えたのは、心を病んで薬漬けになった恋人のような病人たちが、寛解せずとも平穏に暮らせる場所を作ろうという夢のため。莫大な借金を返すために命懸けのギャンブルに挑むカイジ(『賭博黙示録カイジ』)や、究極のスリルに浸りたいと過酷な条件下でギャンブルを続ける蛇喰夢子(『賭ケグルイ』)のような個人的な事情とは違った理由に、どうにも生きづらいこの世界を生きていく苦悩を、ルイの言動に仮託して提示しようとした雰囲気がある。