『僕のヒーローアカデミア』に息づく、日本的ヒーローの3要素とは? 石ノ森章太郎の影響を紐解く

『僕のヒーローアカデミア』に息づく、日本的ヒーローの3要素とは? 石ノ森章太郎の影響を紐解く

名作漫画の遺伝子

 時代を越えて読み継がれる不朽の名作漫画に改めて光を当てるとともに、現代の漫画にその精神や技法が、どのように受け継がれているのかを考察するリレー連載『名作漫画の遺伝子』。第2回は、世界中で高い評価を受ける現代ヒーロー漫画の傑作『僕のヒーローアカデミア』の中に息づく、元祖ヒーロー漫画の大家・石ノ森章太郎の遺伝子を紐解く。(編集部)

アメコミヒーローのエッセンスを取り入れた『ヒロアカ』

   ヒーローと聞いたときに、皆さんはどんなヒーローの姿を思い浮かべるだろう? 日本だったらウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊など。海外だとバットマンやスパイダーマン、アベンジャーズといったマーベルやDC系のアメコミヒーローだろうか。今回取り上げた『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平)は世界の総人口の約8割が”個性”と呼称される特殊能力を持った超人社会の時代が舞台。個性を悪事に利用する”ヴィラン”、それを自らの個性を持って取り締まる”ヒーロー”が出現。ヒーローは人々の称賛を浴びていた。そんなヒーローに憧れた主人公の緑谷出久は個性を持たない少年だったが、とある事件をきっかけにNo.1ヒーローのオールマイトと出会い、彼の持つ個性を引き継ぐことに。そしてヒーロー養成機関である雄英高校に進学、仲間と切磋琢磨しあい、また強力なヴィランとの戦いを経験しながら、最高のヒーローになっていく物語である。

 ということでこの作品のテーマは”ヒーロー”であるわけだが、まず本作は作者の好みもありアメコミ色の強さが最初に感じられる。物語の設定等は『アベンジャーズ・アカデミー』の影響も感じられるし、ヒーロー像の描き方や表現手法などにもアメコミヒーローものの記号が随所に散りばめられている。それらアメコミヒーローもののエッセンスを、ジャンプ漫画としての王道展開に盛り込むことでしっかり日本の漫画として成立させているところに作者のセンスの良さと、ストーリー、作画含めてのクオリティの高さを感じさせる。そんな『僕のヒーローアカデミア』という作品だが、実は要所要所で日本のヒーローものの要素も取り入れられているということにお気づきであろうか? 今回はその辺りにフォーカスを当ててみようと思う。

「親殺し」「同族争い」「自己否定」という3要素

『サイボーグ009』

 日本もアメリカに負けないヒーロー大国である。古くは月光仮面やレインボーマン、また日本を代表するヒーローであるウルトラマンは55年、仮面ライダーは50年、スーパー戦隊は45年続いている長寿シリーズである。特に仮面ライダーとスーパー戦隊。この2大シリーズの生みの親が、ご存知、石ノ森章太郎である。石ノ森が現代までに残した功績はそれこそひと言で語ることは不可能であるが、石ノ森の提唱したヒーロー像というのもまた、のちの日本のヒーロー像形成に多大な影響を与えている。

 特に『サイボーグ009』と『仮面ライダー』が代表的ではあるが、石ノ森ヒーローものの大きな特徴として、次の3要素が挙げられる。それが「同族争い」「親殺し」「自己否定」である。例えば『サイボーグ009』。00ナンバーサイボーグは元々ブラックゴーストに改造されている。ブラックゴーストを倒すという「親殺し」を目的に、同じく改造されたブラックゴーストのサイボーグたちと「同族争い」をする。それが地球の平和のため、人間のために戦っていても、自分たちもサイボーグゆえ、決定的に人間とわかりあえないという悲劇が「自己否定」を生み出す。

 仮面ライダーにおいても同様で、ショッカーを倒すという「親殺し」のために同じショッカーの改造人間と「同族争い」を繰り広げ、その中で自分もまたショッカーの改造人間にすぎないという「自己否定」に至る。もちろん現在の平成ライダーに至っても、この3要素はかなりの作品に含まれていることにも注目してほしい。つまり乱暴な言い方をすると、この3要素を取り込んでヒーローものを作ろうとすると、どうしてもその姿は石ノ森ヒーローに近くなっていくのである。石ノ森ヒーローの代表格である島村ジョーと本郷猛。この二人の表情を思い浮かべたとき、笑顔やいわゆるヒーロー然とした佇まいが真っ先に浮かぶ人間は皆無に等しいだろう。脳内に浮かぶジョーや本郷は、常に瞳の奥に悲しみを宿らせ、どことなく俯きがちだったりしないだろうか? 

先述の3要素を背負うことで、彼らに生まれるのは苦悩と哀しみ、どこかペシミスティックで孤独の中に生きていくことを余儀なくされる。人類の平和を守るという大義を背負って戦うが、平和になった世界に存在する自分自身をイメージできない。だからその戦い方は命を賭けてというよりも、時に自分の命を軽んじすぎているようにも見える。それゆえに物語自体は石ノ森の才能でエンターテインメントに昇華され、基本的にハッピーエンドで終わるのだが、100%爽快な読後感ではなく、読み手の心のどこかに小さな刺を残し、ほんのちょっぴりセンチメンタルな余韻を残す。人ならざるものに生まれ変わってしまったジョーや本郷の哀しみの中に、我々は彼らが人間であることの何よりの証をみつけて、そして共感していくのである。

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