わたせせいぞうが描く、“青い空”の意味とは? 80年代カラーコミックの傑作『ハートカクテル』の功績

わたせせいぞうが描く、“青い空”の意味とは? 80年代カラーコミックの傑作『ハートカクテル』の功績

 「前例のなかったいろんな道を切り開いてきたわたせせいぞうという作家は、日本の漫画界の宝」――これは江口寿史がわたせせいぞうとの対談でいった言葉だが(『illustration 2019年3月号』)、まさにその通りというか、わたせと同じように80年代からいまにいたるまで、漫画家兼イラストレーターとして道なき道を歩んできた江口ならではのリアルな発言だといえるだろう。

わたせせいぞうの「青」へのこだわり

『ハートカクテル ルネサンス』収録作『Sometimes Happy vol.5 /もうひとつのブーケ』より  (C)わたせせいぞう/小学館 クリエイティブ

 では、そのわたせせいぞうが日本の漫画界にもたらした最大の功績は何かといえば、カラーコミックの魅力と可能性を広く世に知らしめたことに他ならない。1974年、ビッグコミック賞(佳作)を受賞してデビューしたわたせが最初にブレイクしたのは、『モーニング』で連載された『ハートカクテル』(1983年〜1989年)だった。同作は都会的な男女が織りなすさまざまな恋愛模様を、毎回4ページのオールカラーで描いたショートストーリーの連作だが、おそらくは、物語的には初期の村上春樹や片岡義男、絵的にはバンド・デシネやアメコミ、イラストレーターの鈴木英人、永井博の影響下にあるものと思われる(もちろん、それらの要素にわたせならではの洒脱な味が付け加えられている)。

 ちなみにこの「オールカラーの連載漫画」というスタイルだが、電子書籍やウェブ連載という手段があるいまならまだしも、紙の印刷物が主流だった80年代当時は、コスト的にも技術的にも、かなりハードルが高いものだったろう。まず、コスト的な問題だが、カラー印刷の原価が白黒のそれと比べてかなり高くなるということは、出版業界の人間でなくともなんとなくはご存じだと思う。無論、多かれ少なかれ漫画雑誌というものには、毎号ある程度の枚数のカラーページが付くわけだから、連載時のコストについては(4ページ程度なら)その一部として予算に組み込めばいいのかもしれない。だが、単行本にする際のコスト計算は間違いなくシビアなものになるだろう。にもかかわらず、『ハートカクテル』の単行本は、本文オールカラー、サイズは(雑誌と同じ)B5判、しかもハードカバーというなんとも豪華な造本で世に出た。これは、いくら当時がバブル直前の資金が潤沢にあった時代だったとはいえ(第1巻の刊行は1984年)、漫画の単行本としては異例の造りだったといっていい。

 そしてもう一方の技術的な問題だが、同作でわたせが採(と)った着色の手法は、手塗りと色指定を併用するというものだった。具体的にいえば、人物の肌などは手作業で塗って(マーカーを使用)、それ以外の背景――たとえば空や海といった部分は白いまま印刷所に入稿して、そこに指定した濃度(%)の色を入れてもらうというやり方なのだが、当然、これだと普通のカラー原画を分解する作業よりも、ひと手間もふた手間もかかってしまう。だが、若き日のわたせには譲れない何かがあったのだろうし、それがあの、彼が描く独特な空や海の表現につながっていったのだと思えば、決して無駄な作業ではなかった。そう――この空や海が象徴するある種の“開放感”こそが、わたせせいぞうの漫画が持っている最大の魅力だといってよく、その証拠に、『ハートカクテル』の各回のラストはたいてい突き抜けるような青い空か海の水平線のカットで終わっている。そしてその空や海の「青」が、時に爽快な、時に切ない主人公たちの心情をも表しているのだ。いずれにせよ、こうしたこだわりぬいた色の表現というものは、白黒の印刷が主流の日本の漫画界にあっては、希有な例であった。

『ハートカクテル ルネサンス』収録作『ハートカクテル~2016 Summer~/ふたりの空』より (C)わたせせいぞう/小学館 クリエイティブ

 

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