『僕の心のヤバイやつ』市川と山田の“渋谷デート”を考察 ファッションや街の描写から見えたもの
多くの読者が感銘を受けたであろう、漫画の袋を二人で持つシーンも指摘したい。手提げの片方ずつを持ち、山田が「これではぐれないね」と笑顔を見せるシーンは、今回のハイライトと言えるだろう。背景のカップルが手をつなぐ様子と重ねて描き、暗示的に二人の心の距離を表現するあたり、さすがは桜井のりお先生である。
丁寧に描かれた渋谷の街の風景も、注目したいポイントだ。二人が訪れた『王様のブランチ』で紹介されたというパンケーキ屋は、場所と地下に降りるというところから推察するに、『ESPRESSO D WORKS』だろうか? 筆者は同店の恵比寿店に行ったことがあるが、かなり大人っぽく洗練されたカフェなので、もしも二人があの店に行ったとなるとだいぶ心配である……店が特定できた方がいたら教えてほしい。なんにせよ、渋谷の街の空気感を、行き交う人々や店の構えからも感じられる描写は、自粛生活が長引いている今、一服の清涼剤となりうるものだった。最後の1コマ、109に掲げられた『攻殻機動“団”』の大型広告も、緊急事態宣言が発令される直前の渋谷を思い出させられた。
新型コロナウイルスの影響は、フィクションの世界にも及んでいる。現実の世界を舞台とした漫画は、新型コロナを踏まえた描写にするか、そもそもないものとしてパラレルな世界を描くか、世界線をどう捉えるかが課題となっている。どちらが正しいというつもりはないが、日常を描くほのぼのとした漫画こそ、すでに変わってしまった甘くない世界とどう向き合うか、作家の姿勢が問われているのは間違いないだろう。
不器用な中学生二人の恋愛模様を、その日常の描写とともに切り取った『僕の心のヤバイやつ』は、その意味でもさらに注目すべき作品と言える。
■書籍情報
『僕の心のヤバイやつ』(少年チャンピオンコミックス/マンガクロス)
最新刊となる3巻は6月8日発売
著者:桜井のりお
出版社:秋田書店
https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253226159