松本大洋、“絵師”として辿り着いた境地 『むかしのはなし』1コマ1コマの凄みを考察

松本大洋×永福一成『むかしのはなし』レビュー

 『竹光侍』の名コンビ、松本大洋と永福一成(原作)による新シリーズ『むかしのはなし』が、『ビッグコミックスペリオール11号』(5月8日発売)で始まった。特に誌面では告知されていないようだが、シリーズ名から察するに、おそらくは今後も歴史に題材をとった読切が、不定期連載の形で掲載されていくものと思われる。

会話劇で進められる時代劇?

 さて、今回掲載されたその第1話――『叛意明らか也』は、とある小藩で起きた“一大事”の物語である。といっても別に、派手な戦(いくさ)の場面などはなく、基本的にはひたすら藩議の様子が描かれる会話劇だ。

 時は、江戸時代初期。駿河藩藩主の徳川忠長から、小国、成川藩の藩主・井伏直之は、天下を二分するような謀叛の誘いを受けてしまう。井伏は即答を避け、慌ただしく帰国するも、成川藩の重臣たちの意見は賛成と反対でまっぷたつに分かれるのだった。

 本作では、その藩議の様子が淡々と綴られていくのだが、これが読んでいてなんというか、目が離せない。通常、会話劇の漫画は顔のアップとセリフばかりで退屈なものになりがちなのだが、本作がそうなっていないのは、永福一成が書いた原作の構成が優れているのと、いまや匠(たくみ)の境地にまで達したといっていい松本大洋の“画(え)”の凄みによるところが大きいだろう。本編をご覧になっていただけば一目瞭然だが、1コマ1コマの画が、本当に素晴らしい(また、これはふたりの作者のうちのどちらが書いたのかはわからないが、読者を飽きさせないように考え抜かれたセリフ回しも秀逸だ)。

 主人公は、このたびの藩議を仕切ることになった雪松兵衛門という名の重臣で、彼のような時代遅れといわれようとも忠義の心を失わない武骨な漢(おとこ)というのは、もともと松本も永福も好んで描きそうなタイプのキャラではある。

“絵師・松本大洋”が辿り着いたいまの境地

 それにしても、本作でまた一皮むけたといってもいい、松本大洋の画のなんと魅力的なことか。ご存じのように、これまで松本は作品によって画風をがらりと変え、我々読者の目を楽しませてくれた。たとえば、『鉄コン筋クリート』では白黒のコントラストが強い魚眼レンズで撮影したような歪んだ世界を、『ピンポン』ではベタとアミを抑えぎみにした細い線のつらなりによる白い世界を、そして、『竹光侍』では薄墨を使用した日本画にも通じる幽玄の世界を描いた――というように。本作でも近年の他の作品同様、淡いグレーの美しさがまず印象に残るが、それと同じくらい、あえて荒々しくかすれ気味に引かれた勢いのある太い線も見ていて心地いい。ミリペンで細く引かれた『鉄コン筋クリート』や『ピンポン』あたりの線が好きな昔ながらの松本ファンにとってはやや違和感のあるタッチかもしれないが、じっと見ていれば、これはこれでなんとも味わい深い線だと思えてくるだろう。いずれにしても、これが“絵師・松本大洋”が辿り着いたいまの境地である。

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