松本大洋、“絵師”として辿り着いた境地 『むかしのはなし』1コマ1コマの凄みを考察

松本大洋×永福一成『むかしのはなし』レビュー

 そして、もうひとつ。見ていて飽きないのは、主要キャラ以外の、藩議で喧々囂々(けんけんごうごう)の議論を戦わせている、名もなき家臣たちひとりひとりの豊かな表情だ。ちなみに詩人の伊藤比呂美は、『鼻紙写楽』や『茶箱広重』といった江戸を舞台にした作品で知られる、一ノ関圭の漫画(の「チョイ役」たち)を評して次のようなことを書いている。

(前略)すごいのは、周囲にうごめく人たち、名前もないチョイ役、チョイチョイ役の人たちが、群生海や衆生海に溺れていたが(なんだか足が底に着いちゃったから)立ち上がってきたとでもいうように、なまなましく、人間くさく、自由自在で、小さなコマの、小さな線なのに、その一人一人の表情、一人一人の手や足が、今にも紙の上で動き出して飛び出してくるようだ。思わず、この人は、このコマの外で、どんな生きざまをして、死にざまをしたんだろうかと、考えずにはいられないようなリアルさを持つのである。『一ノ関圭、群生海を生きる』伊藤比呂美(『一ノ関圭本』小学館・所収)より

 そのあと、伊藤は、一ノ関の描く「チョイ役」たちの豊かな表情や仕草を見ていて思い出したのが、葛飾北斎の『北斎漫画』だったと書いている。漫画の源流のひとつであるともいわれる『北斎漫画』だが、たしかにかの「絵手本」に描かれている人物たちは、(全身像も顔のアップも)いまにも動き出しそうなリアリティと、漫画的な滑稽さを兼ね備えた魅力的な「キャラクター」だ。それゆえに現代の感覚で見ても充分「江戸」の空気が伝わってくるわけだが、これは、今回の『叛意明らか也』で松本大洋が描いた「チョイ役」たちについてもいえることではないだろうか。もちろん、そうした人物たちの活き活きとした描写だけでなく、白熱した議論の合間に挿入される風景や建物、物語の最初と最後に出てくる猫の画も素晴らしい(この最終的に鈴をつけられてしまう猫は、おそらくは「叛意」に対する「恭順」を象徴している)。

 いずれにせよ、(次回の掲載がいつになるのかは不明だが)楽しみな新シリーズが開幕した。このコンビなら時には逆(つまり原作・松本大洋×作画・永福一成)の執筆もアリなので[注]、次にどういう時代のどういう人物が描かれるのかも含め、期待は膨らむ一方である。なるべく早めの次回掲載を望む。

[注]永福一成は近年、原作者としての仕事に比重を置いているようだが、もともとは『ライトニング・ブリゲイド』や『チャイルド☆プラネット』(竹熊健太郎・原作)といった作品で知られている漫画家だ。そのアメコミの流れを汲んだ独特な絵柄は、朋友・松本大洋の画とはまた違った味わい深さがあり、コアなファンも少なくない。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『ビッグコミックスペリオール 11号』
価格:本体345円+税
出版社:小学館
公式サイト

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる