『あやうく一生懸命生きるところだった』訳者が語る、韓国社会に学ぶ“正解に縛られない”生き方

『あやうく一生懸命~』訳者インタビュー

 「必死に生きないと振り落とされる」「頑張らないと負け組になる」……気づけば、休むことなく一生懸命に走り続けてきた現代社会。でも、いったい何から脱落するというのか。誰に負けるというのか。いつの間にか刷り込まれていた人生マニュアルは、自分にとって本当に幸せの手引きになっているのか?

 そんなことを私たちに問いかけてくれるエッセイ本『あやうく一生懸命生きるところだった』。この本は韓国人イラストレーターのハ ワンが、40歳という節目を前に自分をすり減らす生き方をやめるところから始まり、自分らしい生き方を模索するすべての人を勇気づける。東方神起のユンホが手にとったことでも話題を呼び、またたく間に25万部超のベストセラーに。待望の邦訳書も今年1月に発売され、大きな注目を集めている。

 今回、日本語訳を手がけ、自身も大いに影響を受けた一人だという岡崎暢子氏にインタビュー。この本との出会いから、これだけ多くの人の心を掴んだ背景について語ってもらった。(佐藤結衣)

この本を読んで、会社を辞めました

――岡崎さん自身が「この本に影響を受けて人生が変わった」とお聞きしましたが。

岡崎:そうなんです、実はこの本を読んで、会社を辞めることを決意しました。今は、フリーランスとして働いています。もともと出版社で編集の仕事をしていたのですが、体力的にも精神的にも限界が来ていたんです。ですが、まだ頑張れるって言い聞かせていたんですよね。そんなとき、この本に出会ったんです。

――差し支えなければ、どのくらい追い込まれていたのか、お聞きしても大丈夫でしょうか?

岡崎:ある朝、電車に乗れなくなっちゃったんですよ。満員電車の中で、急に心臓がバクバクして。大げさじゃなく“死んじゃう”って思いました。とりあえず次の駅のホームに降りたんですけど、“早く会社に行かなきゃ”っていう思いは消えなくて。“次に来た電車に乗ろう”、“次こそは……”って見送ったんですが、いくら待っても電車は満員で乗れやしないんですよね。

――あの、まるで、私自身の話を聞いているようで、驚きました。個人的な話で恐縮ですが、私も全く同じ経験をしていて。駅で倒れてフリーに転向したので……。

岡崎:本当に、あの満員電車はギリギリで頑張っている人にとっては殺人的ですよね。

――はい。これに乗り続けるのが、社会人として当たり前に“頑張ること”なんだと思っていたので、“なんでできないんだろう”と情けなくて泣きました。普通に頑張ることができないダメ人間なのかなって。

岡崎:私も、それくらい追い込まれていたのに、仕事を途中で放り出すわけにはいかないって、そのまま続けていて、ついに体調を崩したんです。それでも、頑張らなきゃって、思っていましたからね。どうしようって迷っていた時、仕事で向かった韓国の書店で、以前から認識はしていたこの本を初めてちゃんと読んだんです。パンツ一丁のおじさんが寝転んでる表紙になごんで、思わず手にとって立ち読みしたら、頑張りすぎた作家が会社を辞めると決めて書いた話で、もう、「あ~~」って胸に響いて。「どうしよう」じゃなくて、もう「とりあえず、この人のようにまず会社を辞めよう」って思えたんですよね。

――まさに、この本にあるような“一生懸命”生きていらっしゃったんですね。そのとき、特に印象に残った章はありましたか?

岡崎:そうですね。読み返すたびに、グッとくるところが変わるんですが(笑)。今振り返ると、村上春樹さんの著書『風の歌を聴け』を引用した章も印象的でした。海の上で遭難した男女が、島がある方へとりあえず頑張って泳ぐか、浮き輪に身を委ねてビールを飲んで助けを待つか。どちらも、助かるときは助かるし、そうならないこともある。努力をすれば必ずしも報われるわけじゃないし、努力をしなくてもいいことは起こる、っていう内容で。

――私もそこを読んでいたとき、思わず付箋を貼りました。苦しい努力をしたほうが報われるべきだ、みたいなのは確かに世の中的にあるなと思いまして。

岡崎:そうそう。でも、努力に対して必ず期待通りの見返りがあるとは限らないじゃないですか。それは、仕事でも常に感じていたんですよね。「この本はたくさんの読者の方に喜んで貰えるはずだ」と思って、必死にいい本を作る努力しても全然届かないってことも実際にたくさんあって。おそらく、多くの人がそういう経験をしているはずなんです。それは自分のせいもあるだろうけど、自分ではどうしようもない部分もある。ですので、この本にあるように「何事も頑張れば叶うなんてウソだ。君の努力が足りないせいじゃない」、そう受け入れることって大事だよねと、再認識させられました。

――「一生懸命」や「頑張る」ってどのくらいできているのか数値化しにくいですし、個人差も大きいですよね。「まだまだ」と一生懸命に頑張る人ほど、限界を迎えて初めて疲れていたことを知るということも。

岡崎:体力や精神力って、本当に人それぞれですからね。時間をかけているから頑張っているというわけでもないですし。私の友人でも、睡眠時間を削りすぎて疲れていることもわからなくなった結果、「寝ちゃうと起きられなくなって困る」とまで言ってて。根が真面目な人ほど、追い込まれているんですよ。頑張ること=正しい、休むこと=ダメ、それしか教わってこなかった。だから折れてしまうまで頑張ることしかできない。その意識が強すぎて、いざ「休んでもいいよ」「ゆっくりして」と言われても、「取り残されちゃう」「迷惑をかけちゃう」って言うんですよ。だから、この本を通じて世の中のそういう考え方を少しだけ解せたらなって。

――「一生懸命生きる」の方向性は、一つだけじゃないってことですよね。

岡崎:そうですね。本当に今は一つしか許されないみたいな正解社会。一生懸命頑張って頑張って頑張って……もう頑張れないよっていう人の閉塞感が、少しでも楽になったら嬉しいです。

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