直木賞作家・川越宗一が語る、物語の力 「歴史を題材にする理由は、僕が生きている時代について考えたいから」

直木賞作家・川越宗一が語る「物語の力」

バンド時代に培われた目標設定

――川越さんは30歳を過ぎてから小説を書き始め、長編二作目で見事直木賞を受賞したわけですが、小説を書き始める前は、どのように過ごしていたのですか?

川越:最初に言ったように「こんなのがあったら見たいな」という妄想をしながら、淡々とサラリーマン生活を送っていました。

――20代は、バンド活動に打ち込んでいたという話も聞きましたが。

川越:そうですね。バンドは高校のときからやっていました。大学では軽音楽部に入って部室にはよく行っていたんですが、そこから道路一本挟んだ本校舎からはだんだんと足が遠のいて(笑)。それで大学を辞めて1年ぐらい働いたんですが、そこも辞めてしまい、30歳ぐらいまではプロを目指してバンドを活動をやっていました。

――バンド活動のモチベーションというのは、歴史への情熱とはまた違うものだったんですか?

川越:歴史の話とは、まったく別な気がします。今もそうなんですが、自分が何をしたいのか、あんまりわからないんですよ(笑)。そのときその場で楽しいことを、飽きるまでやっている感じというか。当時はたまたま面白がれるものが、バンドしかなかったということですね。

――そのバンドというのも、コミックバンドだったとか?

川越:コミックバンドです。普通に楽器を演奏するのも楽しかったですが、ステージで冗談みたいなことができるのも楽しくて。バンド活動は、大阪・京都でやっていたんですけれど、関西なので、お笑いをやるとみなさんが喜んでくれるんです。小説とは全然違う方向性でしたが、自分が作ったもので他人に楽しんでもらうという意味では、共通しているかもしれないです。バンドをやっている時も「面白かったよ」と言ってもらえるのがすごく嬉しかったですし、表現することが好きだったのだと思います。

――その頃も、あまりジャンルみたいなものには縛られず?

川越:予備知識がない人が見たり聴いたりしても楽しめるという部分は、当時も意識していました。それはバンド時代も今も変わらないというか、バンド時代に培われた目標設定という気がします。なるべく間口は広く、たくさんの人に深く笑ってもらえたらいいなと思っていたので。その精神は、今もあると思います。

――これまでの話を聞いていて思うのですが、川越さんはあまりマジョリティ側の人間ではなかったのかなと。

川越:20代の頃は、特にそうだったかもしれないです。30代になって一応サラリーマンにはなりましたけれど、突然現れた正社員なので、プロパーの人たちは「なんだ、あの変なやつは?」と思っていたのではないかと。

――バンド活動にしても、今回の小説の登場人物たちにしても、マジョリティ側ではない人間にシンパシーを感じるのかなと。

川越:自分では意識していなかったですが、言われてみたらそんな感じはします。確かに僕、どこに行っても、友だちが少ない側にいたかもしれない(笑)。

――川越さんが産経新聞に寄せたエッセイで、「なにせぼくは、人の役に立ったことがないのだ」と書かれていたのが、すごく印象に残っていて。そういう人が直木賞を取るとか、そんなつもりのなかった人間が放つ一撃みたいなものがお好きなのかなと。

川越:僕個人は、そういうのが好きではあります。でも直木賞をもらったときに改めて思ったのは、やっぱり「社会はえらい」ということだったんです。人の役に立ったことがないというのは実感ではあるんですけれど、なにがしかが社会に評価されて拾われて、生き残ってこれた気がしていて。そのエッセイは確か、「社会の巧みな仕組みと、巧まざる懐の深さによる恩恵が、直木賞まで導いてくれた」みたいなことを書いたと思うんですけれど、そういうのはやっぱりあると考えていて。社会というのは、いろんな人がこぼれ落ちないようにうまくできているなと。ただ、そんな社会でもこぼれて落ちそうな人がいるので、自分が書く小説ではそこに光を当てていきたいと思っています。バンドをやっていると、「バンド以外何もできひんやろうなあ」という人をいっぱい見るわけですよ。「ステージはすごくカッコ良いし、ギターもめっちゃ上手いんやけど、大人としては上手くやれないだろうな」という人とか(笑)。でもこの社会では、そういう人たちもなんとか生きているわけです。

――川越さんは、そういう人たちのことを、「自分にはわからない」と否定する側の人間ではないですよね?

川越:そうですね。みんななにがしか面白いところがあると思うんです。それに気がつかないのは、その人のアンテナが低いからだろうと思っています。人間に対する信頼感が、どこかにあるのかもしれないですね。僕が今、生かされているのは人間が作ったシステムのおかげなので。僕は今、小説を書くようになっていますけど、商業出版のシステムを作ったのは人ですし、それを運用しているのも人。それこそ僕は、全国の書店員さんに、ものすごく感謝をしているんです。僕のような駆け出しの作家の二作目の長編小説なんて、知名度もないし、売れるかどうか見当もつかない。それを実際に読んでくださって、これは面白いからお客様にお勧めしたいと書店で展開してくださった方々が、ホントにたくさんいらっしゃったんです。それは僕にとってすごく嬉しいことだったし、システムを運用する人たちがいたからこそ、僕はここまでやってこれたと思っているんです。

(文・取材=麦倉正樹、写真=林直幸)

■書籍情報
『熱源』
著者:川越宗一
出版社:文藝春秋
価格:本体1,850円+税
<発売中>
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163910413

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