ナイキ厚底シューズは長距離競技をどう変革した? 『ナイキシューズ革命』著者が語る、その衝撃

ナイキ厚底シューズは長距離競技をどう変革した? 『ナイキシューズ革命』著者が語る、その衝撃

 いま長距離競技界を席巻している「厚底シューズ」。その正体は、ナイキが発売している『ズーム ヴェイパーフライ』シリーズだ。それまでのランニングシューズの常識を覆した革命的なプロダクトは、世界中で旋風を巻き起こし、日本でも記録更新ラッシュに貢献。そのあまりの性能に、世界陸連がシューズに対する新たなレギュレーションを発表したことでも話題となった。
 
 このナイキのシューズによる「革命」を、間近で見つめ続け、取材を重ねてきたスポーツライターの酒井政人氏に、新作『ズーム アルファフライ ネクスト%』が発表された当日に話を聞いた。

『厚底にする』という革命

ーー酒井さんの著書、『ナイキシューズ革命 “厚底”が世界にかけた魔法』は、2019年5月29日に発売されています。そこではナイキの「厚底シューズ」の誕生と、それを履いて記録に挑む選手たちの状況が生々しくレポートされています。

酒井:この本では、ナイキが開発した『ズーム ヴェイパーフライ4%』の衝撃と、その後継モデルの『ズーム ヴェイパーフライ4% フライニット』、そして『ヴェイパーフライ ネクスト%』の誕生までが書かれています。さらに新しい『ズーム アルファフライ ネクスト%』が発表されたので、シューズもどんどん進化していますし、取り巻く状況も刻々と変化していると思います。

ーー『ヴェイパーフライ ネクスト%』は、昨年9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)でピンクのカラーリングのシューズを多くの選手が履いていて、大きな話題となりました。

酒井:あれはかなり目立ちましたよね。今年の箱根駅伝でも、8割くらいの選手が『ヴェイパーフライ ネクスト%』を履いていました。これらのインパクトで、陸上競技者以外にも、ナイキの厚底シューズのことが広まったと思います。この本を出したときはまだそこまで認知度は高くなくて、一般の方々を巻き込むほどではなかったです。

ーーこの本を書くことになったきっかけは?

酒井:私は陸上競技をやっていて、東京農大在学中に箱根駅伝に出場した経験があるんです。それからスポーツライターになったという経緯もあって、マラソンや駅伝をテーマに取材を続けてきました。ナイキが2017年に厚底シューズを出して、これを履いた選手のタイムや結果が目に見えて変わるのをみて、今、自分が歴史的なシーンを体験してるのかなと感じつつ、その経緯を一冊にまとめたいと思いました。

ーー本のタイトルにもありますが、この厚底シューズは、まさに「革命」だったんですね。

酒井:最初の革命というのは『厚底にする』という発想です。このシューズの性能を生み出しているのは、ソールに埋め込まれている「カーボンファイバープレート」の反発力や推進力だと、取り上げられることが多いんですが、実はプレートよりも、厚底の素材である「ズームX」というフォームの影響の方が大きい。「ズームX」は航空宇宙産業が扱っている素材で、ものすごく軽くてエネルギー効率がいい。それまで薄底が主流だったシューズ業界に、まさに革命を起こしたと思います。

ーーナイキがそんな真逆のアイディアを実現できたのはなぜだと思いますか?

酒井:ナイキの「常にアスリートの声に耳を傾ける」という開発姿勢が原点だと思います。ケニアのキプチョゲ選手という、現代最高峰レベルのものすごいランナーがいて、彼がナイキとタッグを組んだっていうことも大きかった。彼の意見を参考にして、厚底というアイディアが生まれ、さらにそれを実現する新素材や技術があった。そうして生み出されたシューズを、すぐに選手に履いてもらって、データを詳細に取りながら、逐一アップデートしていく。こういった開発状況を作ったことがナイキの強さですね。

ーー実際に厚底シューズを履くと、走り方も変わるんでしょうか。

酒井:そこまでフォームが変わるということはないですけど、シューズに見合うような走り方が身についていきます。足が勝手に出るような感じというか、下り坂を走ってるような感覚になるんです。使う筋肉も少し変わってきて、最初は筋肉痛になるという話もよく聞きました。

ーーコーチや監督などからは、厚底シューズに対する否定的な意見も出そうです。

酒井:最初は、選手もコーチも「こんな靴でマラソンを走れるわけない」と言うのですが、履いてるうちにちょっとずつ意識が変わっていくんです。例えば、中村匠吾選手は、始めはナイキの薄底シューズを履いていました。それでも周りが厚底で結果を出していたので、自分も履いてみて、徐々に慣らして、結果的にMGCで優勝を果たしました。

ーータイムが縮まるだけでなく、脚へのダメージが少なく、リカバリーも早いそうですね。

酒井:その要素も革命的だと思います。マラソンのレースでいうと30km以降のダメージが少ないので、まだ余力が残ってる状況を作れるというのは大きい。これまでのシューズとは、レースの組み立て方から変わってきます。あとは、ダメージを軽減するので、トレーニング用のシューズにも向いている。このシューズが出てから、練習でも脚を守って、リカバリーが早くなったと聞いています。

ーー普段の練習にも変化があると。

酒井:これまでは初心者は底の厚いシューズを履いて、トップ選手になればなるほど薄くしていくというイメージでした。レース本番で薄くて軽い靴を履けば、より早く走れるという考え方だったのですが、今はもう逆です。僕も箱根を走っているときは、底がすごく薄いシューズを履いていましたが、やっぱり脚へのダメージというのは結構ありました。

ーー厚底シューズを履いた選手が記録や結果を出すことによって、陸上界全体の意識が変わっていった。

酒井:やっぱり記録が出ますからね。日本記録を更新したくらいのときはそこまで考えませんでしたが、今年の箱根駅伝の記録はちょっとありえないと思ったので、やっぱりシューズの影響がかなり大きかったんじゃないでしょうか。

ーー本の中でも、さまざまな選手の方々にお話を聞いてますけど、記録が良くなったのは「シューズのおかげです」とは言いづらいですよね(笑)。

酒井:それはそうですね(笑)。やっぱり、勝因はシューズの性能だけじゃないし、選手のパフォーマンスによるものだと思います。ただ、ナイキさんが主催の取材だったりすると、どうしても選手にシューズのことを聞かなければいけない。ただ僕は、普段の取材でも、シューズに焦点が行き過ぎるのもどうかなと思っていますし、それ以外のこともちゃんと伝えていきたいです。

ーーそしてもうひとつ、このシューズは一般の方の手にも入るというのが革命的かなと思います。

酒井:そうですね。これまでの日本人選手は、別注のシューズを作ることが多かったんです。トップクラスになるとメーカーの人が足型を取って、今はニューバランスと契約している三村仁司さんのような職人がカスタマイズしたシューズを履いていた。そういった歴史があるなかで、「普通に売っている製品とまったく同じものをトップランナーが競技で履く」というのは、今までの考え方だとあり得なかったです。

ーー一般のランナーも欲しくなりますよね。

酒井:ちょっと前までは入手困難でしたが、今はもうだいぶ手に入りやすくなったみたいです。ただ問題は、遅い人がこれを履いていると恥ずかしいところですね(笑)。高価ですし、耐久性の問題もあるので、みなさんレースで履き終えたら、普通に街履きとして使うみたいです。

ーー消耗品といいますか、履いていると厚底のクッション性能が落ちてしまうようですね。

酒井:初代の頃は、耐久性が160kmまで言われていましたが、最近のモデルは距離が伸びて400kmと言われていますので、だいぶ改善されていると思います。次のシューズは、またさらに耐久性が上がるみたいなので、以前言われたほど使い捨てのような製品ではなくなってきています。

ーー歴史的に、シューズの性能でここまで記録が伸びて、全体的なイノベーションが起こったことはあったのでしょうか?

酒井:ないですね。あるとすれば、裸足で走ってた時代から、シューズを履くようになったくらいの変化。それこそ、1960年のローマオリンピックを裸足で走ったアベベ選手が、1964年の東京オリンピックではシューズを履いて、世界最高記録を大きく更新しました。厚底シューズの誕生は、そのくらいの革命的な進化だと思います。

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる