大人目線で見る、中学受験の厳しい現実ーー『二月の勝者』の圧倒的情報量とその残酷さ

『二月の勝者』が描く中学受験の現実

 対して『二月の勝者』は大人を対象にしていることもあって、比較すると子どもの自立心はあまり目立たない。大人が大人に向かって描いている作品なりに、塾に対しても通わせる親に対しても距離感を持って「こんなことをしているんですよ?」と示しているが、「子どもから見た大人」がどんなものなのかは意外と描かれない。児童文庫の小説らしい「子どもの万能感」を描く『KZ』と比べると特に「子どもから見た大人」のずるさ、滑稽さの描写は弱い。

 中学受験を一歩引いて客観的に見るとこう見える、一歩踏み込んで当事者目線から見るとこう見える、という両方を描いてみせるのが『二月の勝者』のおもしろさだが、「子どもから大人がどう見えているか」という点に関しては個人的には不満が残る――もちろん『12歳。』も『KZ』も中学受験自体がテーマの作品ではないから、情報量では『二月の勝者』にはまったく及ばないのだが。

親として読むと……

 とまあ色々書いてきたものの、4歳の子どもがいる親として読むと複雑な心情になる。

 おそらく息子には中学受験をさせると思うし、そのための資金を今から用意している。はたしてそんな労力とお金をかけるに値することなのかという疑問もあるが、なるべく良い環境、自分にあった環境で中高時代を送ってほしいという気持ちが強い。そんなものは親のエゴに決まっているし、子どもは遊びたいに決まっている。

 しかし……という気持ちを巧みに突いて中学受験産業があることはなんとなくは知っていたが、ここまで克明に描いた作品を読んだのは初めてだった。遠くない将来に自分にも起きうる出来事のシミュレーションとして肩に力を入れながら読んだ。受験に熱を入れる親の姿は引いてみれば本作に描かれているようにどこか戯画的、そして残酷であることは多くの当事者たち自身がマンガに描かれるまでもなく知っているだろうが、わかったところでやめるものでもない。

 仮に今後この作品がマンガとして気持ちのいい着地をして終わりを迎えたとしても、現実には幸福な結果――むろん何をもって「幸福」とするかは個々人によるが――を迎えられない中学受験の当事者・関係者が必ず毎年発生するし、自分や子どもがそうなるかもしれないことを考えると、どう転んでも気が重くなる(が、結末を気にせずにはいられない)作品である。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

■書籍情報
『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー』1〜7巻(2020年2月現在)
著者:高瀬志帆
出版社:株式会社小学館
定価:各巻による
https://www.shogakukan.co.jp/books/09189792(1巻)
<発売中>

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