婚活がうまくいかないのは“減点制”で相手を判断してしまうからーー『婚活迷子、お助けします。』第六話

『婚活迷子、お助けします。』第六話

 橘ももの書き下ろし連載小説『婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳』は、結婚相談所「ブルーバード」に勤めるアラサーの仲人・結城華音が「どうしても結婚したい!」という会員たちを成婚まで導くリアル婚活小説だ。第6回で描かれるのは、男性会員の受けもよく、自身も婚活に熱心なのになかなか交際に至らない〈小川志津子 28歳 通訳〉と華音のやりとり。彼女のどんなところが華音を悩ませるのか。

第一話:婚活で大事なのは“自己演出”?
第二話:婚活のためにメイクや服装を変える必要はある?
第三話:成婚しやすい相手の年齢の計算式とは?
第四話:男性はプロフィール写真だけでお見合い相手を決める?
第五話:見合いとは、互いのバックボーンがわかった上で相性を見極める場

婚活がうまくいかない女性は、減点制で相手を判断してしまう

「どうして私は、誰からも選んでもらえないんでしょう」

 鼻のわきに皺をよせて、泣き出しそうになるのをこらえる小川志津子を前に、華音はかけるべき言葉を探していた。

 葉月を見合い相手にひきあわせたあと、訪れたのは大手町にあるホテルのラウンジだ。皇居の堀を一望しながら優雅なくつろぎを味わうため、ではなくて、高級ホテルだけあって広々としたその場所では、よほどの大声でなければ隣席の声が聴こえてくることはめったにないので、会員との面談にうってつけなのだ。コーヒー1杯に1000円以上なんてふだんの華音なら絶対に支払うことのない金額だが、仲人として最優先すべきは会員のケア、そのための経費はケチってはならぬというのが所長・紀里谷の信念だ。実際、場の醸し出す余裕はそれだけで会員の心を和らげてくれるし、ウェイターはおかわりを提案するタイミングを含め、絶妙に空気を読んでくれる。はじめて紀里谷に連れられて以来、華音もこのホテルラウンジを重宝していた。志津子のあとにも、もう一人この場所で面談の予約が入っている。

「選んでもらえない、なんてことはないですよ。現に、先日会っていただいた田中さまは、小川さまのことを控えめだけど気配りのきく素敵な方だと、ぜひまたお会いしたいとおっしゃっています」

「田中さん……」

 物憂げに、志津子の視線が宙をうろつく。やがて、ああ、とうなずいたあと、志津子は眉間に皺を寄せた。

「いい人でしたけど、あんまり、お食事のマナーがよくなくて」

 そう言って、ため息とも呼吸ともつかない静かな息を吐く。

「3回目だったので、お茶じゃなくて、和食屋さんでランチしたんですけど。お箸のもちかたがちょっとな、と。言って直るものならいい気もしますけど、そういうところに育ちって出るじゃないですか。だからあんまり、私とは合わないのかなって」

 言いながら、はっとしたように志津子は、今度は気まずそうに目を伏せた。いい人なんですけど、と付け加える彼女の姿に、華音は、いつもだなあ、と思う。見合い相手に辛辣で、だめな理由を述べるときは、ふだん穏やかな彼女には珍しく声が尖る。けれど直後、自分でもそのことに気づくのか、申し訳なさそうに居心地がわるそうに、ほんの少し相手をフォローするのだ。人格まで否定する気はないのだ、というように。

 ミルクを注いだ志津子の紅茶が冷めていくのを見ながら、「召し上がってください」と華音は言った。「なにか甘いものも食べませんか。あ、サンドイッチとかでもいいですよ。私、ホテルのクラブハウスサンドって豪華で好きなんですけど、もしよかったら一緒に」

 けれど志津子は、首を横に振った。

「お昼は済ませてきましたし、甘いものは過度に摂取すると、脳がばかになるって」

 小花柄のワンピースの裾を、志津子はぎゅっと握る。これも、いつものことだ。切ない想いで、華音は聞く。

「それも、お母さまがおっしゃるんですか?」

 志津子は、答えなかった。ただ、困ったように苦笑を浮かべるだけだった。

 小川志津子、28歳。ブルーバードに入会して半年近く経つが、本交際はもちろん、仮交際を検討する相手もいまだ現れていない。婚活というのは、どんなに本人が努力を重ねても最終的には運とタイミングがものを言うので、それじたいはさほど珍しいことではないのだが、彼女に関しては、「ぜひ結婚を前提におつきあいを」と言ってくれる男性が複数あらわれたにもかかわらず、本人がまるで検討する意志を示さないのが問題だった。

 もちろん、どんなに難ありと思われる相手でも、たいていの女性は感じのいい笑顔を崩すことはないし、話題を盛り上げようと努力する。それは何も、仮面をかぶって相手を騙しているわけではなく、彼女たちにとっては人として最低限のマナーだからだ。これに対して男性は、「こんなにも自分の話を聞いてくれる、興味をもってくれる女性は他にいなかった。自分のことをとても気に入ってくれているに違いない」と素直に喜んでしまい、意気揚々と「きっと僕たちはうまくいくはずです!」と申し込んでくることも多い。おそらく女性側も、それなりに小さなサインを出しているだろうだが、男性にとっては小さすぎて見落としてしまうのだ。だから、申し込みを断ることが多い、というのはそれだけで女性側に問題があるとは言えない。けれど。

 志津子の場合は、所長や華音の目から見てもかなり好条件だと思われる相手でもすべて辞退してしまう。ときに、本当に結婚する気があるのだろうかと疑いたくなるほど、些細な理由で。

「婚活がうまくいかない女の人は、減点制で相手を判断してしまうことが多いんだよ」と紀里谷は言う。それは、華音にもよくわかった。仲人としてではなく、女として生きてきた経験からだ。人は、自分がされて嫌なことはしないのと同じで、されて嬉しいことを相手にする。だから、たとえば女同士なら、サプライズで誕生日のプレゼントを用意するし、友達が欲しがっていたもの、行きたがっていた店の名前も覚えておく。体調を崩して心細そうにしていれば、仕事をはやくきりあげて駆けつけることもある。それがあまりに当たり前に日常で行われているから、できない男性に対して自然と見る目は厳しくなるし、そのうえ男らしさやスマートさ、年収や職業といった肩書まで評価の対象になってくると、よほど突出した美点がない限り、心が動かされることは少なくなってくる。結婚、ひいては人生設計を考えていればなおさらだ。

 志津子がこれまであげた相手の問題点も、似たようなものだった。同居しないと言っているけど、近距離別居の長男だから本当かどうか心配。年収が希望より低い。卒業している大学の偏差値が自分より下だ。といったスペックに関するものだけならまだわかる。自分より先に座席についた、注文にもたついた、と相手の女慣れしていない言動を咎めたかと思うと、勝手に注文を決められた、あまりに場慣れしていて女遊びをしているんじゃないかと不安になる、とエスコートする態度にも難色を示す。相手に求めるものが、やや一貫性に欠けるのだ。

 反面、婚活には意欲的で、服装もふるまいも華音が助言したらちゃんと聞く。申し込まれれば基本的に断ることがないので、華音が精査する必要があるほど最初の受け皿は広く、ぴんとこない相手でも必ず、最低でも3、4回は見合いを重ねる。だから相手も、ぜひに、と申し込んでくるのだ。社交辞令ではなく、本当に自分と一緒にいることを楽しんでくれているように見えたから、仮交際で関係を深め、真剣に将来を検討したいと。それなのに。

 いざとなると、志津子はすべて断ってしまう。

 志津子自身も、少なからず好意を抱いていたはずじゃないかと思われるような相手まで。

 華音には、意味がわからなかった。混乱した。けれど話を聞いているうちに、やがて気づいた。志津子が“判断”するうしろには、いつも同じ人の影がある。

「小川さま。……結婚するのは、小川さま自身なんですよ。お母さまではありません」

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